55 王子のお仕事
最近王都に蔓延る噂、それはテオドールの発明品。
侯爵家により商業ギルドに登録されたそれら発明品の数々は、ほとんどが戦いに関する物。
魔弾を連射するラバーブレイズ、単発用のラバーショット、そしてエアーシュートを射出する砲筒…
これらは全て魔石を用い、魔力を持たない一般兵が魔弾を放てる魔導武器。
テオドールは一体何故こんな危険な代物を生み出したのか…
今まで前衛を務める一般兵は、せいぜいが魔鉄の剣や槍で多少の強化をして戦うぐらいだった。
それがこのテオドールの魔道具を使えば一般兵であっても中距離からの攻撃が可能になる。いままでそれは魔法兵団の役目だったが、この武器があれば兵法が変わる。
武器ばかりを立て続けに作るテオドールは危険思想の持主なのかと議会の話題にも上ったようだ。
だがその場にいたレッドフォード侯爵は眉を潜める動作だけで場の全員を黙らせたとか。
ならば、侯爵自身は関与していない事由なのか…
こうしていても埒はあかない。本人に聞いた方が早いだろう。
癇癪持ちの偏屈な子供…先の噂は真実でもあり真実ではない。
だが社交にまみれず貴族教育すら放棄して育ったテオは年齢以上に思考が幼い。
危険思想などと…、あのテオが政治や国家の争い事に関心などあるはずが無い。
「ケフィウス、デルフィヌス、レッドフォードへ向かう。準備を頼む。」
一週間ぶりに会うというのに、その中身がこんなつまらぬ話とは…出来る事ならテオドールとはくだらない話で笑っていたいものを。
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先ぶれがレグルスの来訪を知らせて来た。
お母様はスチュアートに指示を出し、一番眺めの良いコンサバトリーにお茶やお菓子を準備する。
実際のところお母様はレグルスの来訪には寛大だ。やはり王太子には一目置いているのか。それとも今だけのことなのか。
その気持ちは分からないけれど、お兄様が王子に向けるような敵愾心は感じない。
「レグルスいらっしゃい。今日はいきなりどうしたの?今は後期前のお休みでしょ?王太子の勉強で公務のお手伝いをするって言ってたのに」
「しているよ、手伝いなら毎日だ。慈善団体へのあいさつ回りに市中の視察。騎士団を激励に向かい夜はそれらすべてを報告書にまとめ…休みだと言うのにほとほと疲れた。学院へ行っている方が随分ましだ。テオドール、私を癒してくれないか?」
「え…い、癒すってどう…何すればいい?キャスパリーグ連れてくる?肩とかもんであげようか?」
劇場デートのあの晩から、レグルスはなんだか人間くさい。
今まで弱音なんかキラキラ笑顔でそつなく隠し絶対人には見せなかったのに。
どうせ平民になる僕にならカッコつけなくて構わない。そう思っているんだろうか?
今日はケフィウスさんも一緒に来てる。レグルスが高等部へ入ったからか、侍従予定のケフィウスさんは常に王子につき従って背後にそっと立っている。そう、ゲームで見たあの姿だ。
「殿下、それより…」
「ああ分かってる。テオ、今日は君に聞きたいことがあって来たんだよ。君の発明した武器の数々…あれはどういったいきさつで作ったものか私に教えてくれるかい?」
「武器…武器って何?何のこと?」
「テオ、君がギルドに登録したゴムの射撃武器などの事だ。レグルスの元には君の発明品に関して相当の苦言が入っている。それを君は知っていたかい?」
ゴムの…射撃武器。んん?パチンコとか割りばしマシンガンの事だろうか?武器ってそんな大袈裟な…。あんなのゴムや小石を飛ばす程度のおもちゃでしょ?
武器っていったら、もっとこう、殺傷能力の高いものじゃない?
僕のパチンコも割りばしマシンガンも、そこまでの威力があるはずない。
「武器って言っても割りばしマシンガンはゴムを当ててね、パチンコも小石をこう、強く当てたら役に立つかなって…わかる?僕が魔獣の気を引いて、じろーがズバッとやっつけてくれたら討伐もきっと楽になるかもって。ダメだった…?」
「ゴム…小石…テオ、君は何を言っているんだ。君の作った発明品は既に近衛が携帯しているあの中距離用の魔道具だろう?」
「魔道具!そんなすごいもの作ってない!誰かの何かと間違えてない?」
「テオドール…君のいうその〝ぱちんこ”…試作品とかあったりするのかい?もしあるなら見せてくれないかな?」
頭の中にはてなマークを一杯浮かべて、僕はいつかの為にせっせと作ったそれらを取りに部屋を出る。
近衛兵が携帯って…
僕の作ったパチンコはスリングショットにすら届いてなくて…あのパチンコで倒せるのなんて、せいぜいネズミがいいとこだ。いや、ネズミですら倒せるかどうかわからない。
自室から戻り発明品を机に並べる。
それを見てレグルスもデルもケフィウスさんも呆気にとられた顔してる。きっとキツネにつままれた顔ってこういう顔をいうんだな。
「テオドール…、君が作ったのはこのおもちゃなのかい?」
「おもちゃ…むっ、おもちゃって言うな!これは冒険者になった時、僕が持っていく用のアイテムなんだから。これでじろーを補助するの」
「ジロー…その件はあとで改めて聞くとして…これは一体…」
オロオロと僕はデルフィの顔を見る。こういう時いつだって助けてくれるのは彼だから。
「テオ、ギルトに登録されたそれらは、君の作ったその試作品から…随分と改造が進んでいるようだ。なるほどよく見れば、基本の構造はここにある…これを元に閃いたのか…」
「テオドール様、ギルドへの登録は一体だれが?もしやハインリヒ様ではありませんか?」
「え、そうだけど…何?どうかしたの?デルフィ、僕何かしちゃった…?」
「テ」
「テオドール…私の近くに来るといい。全く君は…誰の婚約者のつもりなのかな?」
デルフィが何か言うより早くレグルスが僕の腕を引っ張るものだからうっかり膝に乗ってしまう。すぐにでも退こうと思ったのに、お腹にまわされた腕はがっちり絡んで離れない。
「そうか。事情は大体読めて来た。この件はハインリヒと直接話すとしよう。彼は愛国心の強い男だ。私への私情はあれど、国に仇なすことなど決してすまい。まったく…君の名前が出るだけで貴族たちが目の色を変えるのだ。一度ついた悪評は残念ながら根が深い」
レグルスは優しく僕の頭を何度も撫でる。
あっ、これ前にデルフィがやってくれたやつ。
慰めているつもりだろうか?だけど僕は実のところ、噂なんかそんなに気にしていないのに。
あと一年と半年程度。
それだけ我慢すれば僕は貴族社会と……グッバイフォーエバーだ!




