50 ルート 王子
僕は前世でも劇場って映画館しか行ったことない。
多分うんと小さい頃に、子供用の劇を観に連れてってもらったと思うけど覚えてないからカウントしない。
だからそう。初めての体験にうっかり浮足立ってて、そっとみんなが場を離れた事に気づかなかった。
ひょぇ~!これがロイヤルボックス!ん?んん?前後左右誰も居ない…王子と二人きり…だと?
あ、いや、カーテンの向こうに護衛が二人…あれ?ケフィウスさんは?
「はいテオ、飲み物だよ」
「テオって言う…もういいや。ね、ねぇ、ケフィウスさんは一緒じゃないの?」
「隣のボックスにいるよ。私と二人が嫌なのかい?」
「そうじゃないけど…」
警戒はしている。いろいろと。
「今日はどうしても二人だけで話したかった。ねぇテオドール、この間の君の言葉は堪えたよ。君から見て私はそれほど冷たい人間に見えるのかい?」
「…冷たいかって言ったらそこまでじゃないけど…冷たくないかって言ったらそうでもない…」
「何言ってるのかさっぱりわからないよテオ。…私はこれでも務めて君には優しくあろうとしてきたのだよ」
「ホントに優しい人は努めなくても優しいもん…」
早く開演しないかな…めんどくさい…
いいじゃないか。王子はアリエスとイチャイチャしてれば。
十六になって家を出るまでお兄様を抑えてくれるのは助かるよ?けどそれ以上親しくしなくていいじゃんか。
「ねぇテオ、誰に何を聞いたか知らないけどあの件なら私は理由もなく罷免したわけじゃない。彼らは王太子の側近として相応しくないと思ったから切ったのだよ。中等部までは彼らも大したことはしなかった。だから様子を見ていた。だが高等部に入った途端、私の権威を笠に着て我が物顔に振舞い…、横柄なふるまいをするものなど私の側には必要ないと思わないか?」
あの件って何?王子は何を言っているんだろう?王子は何かを勘違いしてる。
これはあれだ。多分偶然当てはまるような何かが王子の周辺にあったんだろう。
だけどどこかで聞いたような話だなって思ったらとてつもなく身につまされた。
「その人たちが王子の権威を笠に着たなら…それは王子がそこまでさせたんだ。もっと早くに教えてあげれば良かったのに。…うぅ…それはダメなことだって。それか初めから仲良くなんかしなきゃよかった。そうしたらその人たちだってきっと図に乗ったりしなかった…」
「派閥のバランスがあるのだよ。王族の友人とは作るものではなく与えられるものだ。理由もなく遠ざけたりはできない」
あ…っ。だから王子はテオドールを遠ざけなかったのか。筆頭侯爵家レッドフォードの息子だから。
「それにその程度の道理を教えられなければ気付けない時点で側近としては不合格だ。価値観の共有を出来ないものなど私の近侍には出来やしない。資質の足りぬ者に手取り足取り…私にそこまでしてやる義理などないと思うが違うかい?」
うぐぐ…は、反論の余地が…
「そ、それでも…言われなきゃ分からない人だって…言われてないうちはまだいいんだって勘違いしちゃう人だって居るかも知れないよ?」
テオドールみたいに。
「王子が最初からいい顔なんかしなきゃ…」
続く言葉は遮られた。
「テオドール、私は王太子だ。簡単に見透かされる訳にはいかない。そして人に隙は見せられないし舐められる訳にもいかない。それは大きな災いへとつながるからね。君にはそれを理解してほしい」
…王子の言う事は正論だ。
テオは…テオは勝手に自爆したんだ。
勝手に王子を好きになって、勝手に王子に夢を見て、家の中でも学院でも、上手くいかない事すべてをアリエスのせいにして…そして断罪されたんだ。
そして今度は僕がそれを全部王子のせいにしようとして。…だってテオが、テオがあまりにも哀れすぎて…うみゅ…
「テオ…ああ泣かないで…。君は案外泣き虫だ。困ったな、私はデルフィほど子供をあやすのは得意じゃないのに…」
「子供っていうな…ふぇぇ…」
「おいでテオ。ほらここに」
王子の胸に抱き留められてぐずぐずと涙を流す。鼻水付けたりしてないよね?もうどうしていいかわかんない。
それにしても意外だった。優しい笑顔の完璧王子は子供をあやすのなんかお手の物だと思ったのに。
勉強が出来て魔法もすごくて剣の腕だってすごい王子が僕の涙なんかでこんなにうろたえて…
「テオは優しいんだね。本当に…意外なことばかりだ。ねぇ聞いて。私は…君のような自由闊達な人を見るのは初めてだったんだ。君は…美貌と才能にあふれた筆頭侯爵家の次男でありながら社交界の何にも縛られない」
だって中身は現代のいち中学、ううん、高校生だし。
「うらやましいと思ったのだ。私には出来ないことだからね。背負ったものを全て捨てて自由に生きるなど私には出来ない。でも君は、悪評などものともせずに自分の気持ちを大事にしてた。自分で自分の居場所を作ってね」
むしろその悪評の無い所にいきたくてもがいてるんだけど…
「君のその強さをとても好ましいと思った。君なら私の側にいて…伏魔殿と呼ばれる王宮でたとえ何があったとしても決してくじけることは無いだろうと、そう思えたんだ」
強くなんかない。僕はずっとくじけっぱなしだよ!
「…君の自由を守るため盾になると言った気持ちに嘘はない。けれど自由な君を傍らにおいて見ていたいというのも本当の気持ちだ。お願いだから私の気持ちを疑わないでほしい。君がいつか候補から外れたいというならそれも仕方ない。だがそれまでは私のことを色眼鏡無く見てほしい。君の目に映る目の前の姿、私自身を」
あ…
真剣な顔で語り掛けるその言葉は僕の頭を思いっきり殴りつけた。
アルタイルやタウルスが僕を先入観で見てたように、僕も王子を先入観だけで見てたんだ…
ゲームで知ってるから、ただそれだけを根拠にして、王子はいつか僕を断罪する敵だって…そう信じて疑わなかった。
ロイヤルスマイルは感情を隠す鉄壁の仮面…
そんなの当たり前じゃないか。僕だって前世では外面だけは良いっていつもみんなに言われてた。
王子は弱みを、欠点を誰にも見せちゃいけないんだ。完璧王子、それは王子にとって本当に褒め言葉だろうか?
目の前に居るのは王子だけど僕の知ってた王子じゃない。
微動だにせず王子を見つめ続ける僕の目には、映る王子の顔がどんどんどんどん近づいてきて…
ちゅっ
唇に触れると離れていった…




