47 ルート ジロー
いつものように学校へ到着すると、ジローが腕を組んで仁王立ちしたまま僕を待ってた。
表情が強張っている。どうしたんだろう?何かあった?アームハンドが上手く作れないんだろうか?
「おはようじろー、どうしたの、怖い顔して」
「お前こないだお城で夜会だったんだって?どうしても行かなきゃならなかったのかよ、それ」
なんだそれか!
「行かなきゃ…ふぅ、ならなかった。一応僕は仮とは言え婚約者だし。これでも侯爵令息だからね。これは入学前の儀式みたいなもんだから」
「学院…行くのかよ。嫌な奴らばっかりじゃないのかよ」
「だって…貴族家の子供は魔法学院高等部には必ず入らなきゃいけない規則なんだよ。冒険者登録できる成人年齢16歳までは…僕は家を出られないし」
「家なんかでちまえよ」
「そんなことしたらあっという間に連れ戻される」
「テオ!」
「冒険者になっちゃえば王都も正門から出られるし国境だってちゃんと検問通してもらえる。僕はコソコソなんかしたくない」
僕は何にも悪い事してないんだから。貴族籍も名前も捨てるけど、それは誰かから逃げ隠れしたいって意味じゃない。僕が捨てるのは悪役設定だけだ。
「それは……そうだな。俺が悪かった。俺だってテオを日陰者にしたい訳じゃない。…悪い、焦った…」
「いいよ、じろーは心配してくれたんでしょ?じろーは僕の味方だもんね」
話ながら歩く裏びれた学校の廊下、ジローがぴたりと足を止める。
なんだろう。今日のジローは挙動不審だ。
「なぁ、このまま救護院の裏にある川、連れて行ってやろうか?」
「川!」
「お前がいつも洗濯干してる林の向こうにあるんだよ。知らなかっただろ?」
「知らなかった!」
「このまま抜けて昼までに戻ってこれば従者も気づかないだろ?行こうぜ、なぁ」
こう見えて偉い貴族の子である僕は、従者や護衛無しで好きなところに行く事なんか出来やしない。
学校も救護院も孤児院も、全部玄関で見張り付きだ。
ウズウズ…い、行きたい…
川遊びなんて小学生の頃お父さんと行った河川敷以来だ。あの時はバーベキューをしたんだっけ。
先生には「ちょっと孤児院に行ってくるから従者には言わないで」って口止めをした。だから多分大丈夫。
だって川だよ?行きたいに決まってるじゃん!
「おお、テオ坊ちゃんにジローじゃないか。何やってんだ、こんな時間に」
「テオに川を見せてやろうと思って。爺さんたちがいつまでたってもダンジョン連れて行ってやらないからさ」
「そりゃぁお前……連れて行ってやりたいのは山々だがなぁ」
「そう言う訳だからちょいと失礼するぜ」
「おい待てジロー!」
「また今度来るからね」って今日はそのまま素通りする。
おじいちゃんたちはなかなか怪我が良くならない。おかげでいつまでたっても僕はダンジョンへ行けやしない。
年取ると怪我の治りが遅いんだって。十四の僕にはまだ分からない。
初めて入る林の中。それを抜けるとそこには…
「わぁ、川だ!初めて見た」
ここではね、という言葉を飲み込んで僕は興奮に身を任せる。
「ねぇねぇ、入っちゃだめ?あっ、魚が泳いでる!」
「お前な…服が濡れたらバレるだろ」
「じゃあ足先だけ」
「しゃーねーな」
「じろーありがと。すごく楽しい!」
言いようのない開放感!
足先をちゃぷちゃぷしてると同じように靴を脱いでジローが横に腰掛ける。
ジローの話だと、孤児院の子たちは川の恵みに助けられてる。
魚も取るし、お風呂代わりにもする。洗濯だってしちゃうらしい。
孤児院も救護院も水源は井戸しかないから…年寄りや子供には辛いだろうな。僕のウォーターが上手ければもっと色んな役にたてるのに…
やっぱり練習しなきゃ。デルフィはまだ付き合ってくれるだろうか。
そんな事を考えていた僕をじろーが呼ぶ。
「なぁテオ、こっち向いて」
「何?あっ」
鼻先に軽くキス。
びっくりした…
…これはあれだ、猫が良くやる鼻ちゅーってやつ。
仲良しにやる挨拶だって動物番組で見た気がする。鼻ちゅーって鼻と鼻だった気がするけど気のせいだろう。そうだね、僕とジローは親友だし鼻ちゅーは合ってるのかもしれない。
「じ、じろー、僕もする」
「いいのか?」
ちゅっ
自分は僕にしておいて、されるのは恥ずかしいんだろうか?じろーの照れた顔なんて初めて見たけど…可愛い…
ジローが照れるから僕もなんだか恥ずかしくなって…しばらくそのまま川の流れだけを静かに見ていた。
だけどふと気が付いたんだ。水面に微かに映ったジローの目は、川をながめる僕の横顔をじっと見つめていることに。
…居心地がもぞもぞする…
「ねぇ、もう行こう。早く帰らないとお昼の時間になっちゃうよ」
「…ここにテオを連れてきて良かった…」
「え?僕もここに来て良かったよ」
今度のゼロの日にまた来よう。
それで今度はアルタイルも呼んであげよう。それとも孤児院の帰りにアリエスを連れてきてあげようか。
それがどんな諍いを生むのか…そんな事にも思い至らず僕は初めての川を後にした。




