40 恋と言うには気が引ける
「あ、タウルス」
「テオドール…。ど、どうした?孤児院の帰りか?」
美貌の神童テオドールが馬車の窓から俺を呼ぶ。
あれほどひどい事を言った俺にも、こうして見かければ声をかけてくるテオは案外器がでかいんだろう。
「今から寄り道して新しい武器の材料買いに行くんだよ。ラバーケロッグの大き目の皮。あるだけ買い占めて来ようと思って。侯爵家の名前を盾にして。うひひ、大人買いしてみたかったんだ」
「だけどお前…今日は護衛が居ないだろう?従者一人じゃハインリヒ様からお許しが出るはず…」
「ちょっと一件寄ってすぐ帰るだけだから大丈夫」
いや、大丈夫な訳ないだろう。こいつは自分の顔を鏡で見たことが無いんだろうか?
社交界、ましてや子供一人の噂など平民街には届かない。その容姿だけなら一瞬で人さらいに目を付けられる。
「ちょっと待てよ。今第六の騎士といっしょだから俺が頼んで付いて行ってやる」
「えぇ~?いいのに別に。まぁいいや、じゃぁタウルス乗りなよここ」
「えっ?あ、ああ…いいのか?」
どうせ巡回路だからと第六の騎士は文句も言わず護衛につく。俺はテオドールの言うままに侯爵家の馬車に乗り込んだ。
何も気にしてないように俺を馬車へと同乗させるテオドールには警戒心すら無いんだろうか?
あの時あんなにも怒っていたのに…
とまどう俺をよそにテオドールは何も無かったかのように話しかける。
「ふぅ~ん?第六の騎士に頼むんだ」
「何だよ?」
「タウルスの事だから「俺が護衛してやる」とか言うかと思った」
「…もう言わない。今はな。無謀って言うんだろ、そういうの」
あははははっと声をあげてテオドールが笑う。俺には眩しすぎるテオドールの笑顔。
「なあ、お前ホントに殿下と、その…」
「はぁ?ないよないない。ないってば!僕は、」
「冒険者んなるんだろ。分かってるよ」
殿下から説明のあったレッドフォード家の事情と婚約の理由。
父上が言っていた、ハインリヒ様は次代において一番期待の若者だと。
ハインリヒ様と殿下、どちらを選んでもテオドールは安泰だ。
なのに当のテオドールは十六になったら本気で殿下の婚約候補から降りるつもりでいるようだ。
…平民になって冒険者に…それが叶う事は無いだろう。
俺が無謀ならテオドールは安直だ。そんなこと許されるはずが無い。
いずれテオドールは侯爵家の息子として誰かを選ばなければならないのだ。
どちらにせよ、その時となりに俺の姿が並ぶことはきっと無い。そんな都合のいい話…あっていい訳がない。
ちりちりとした胸の痛みをこらえて正面に座るテオドールの顔を盗み見る。
あれほど意地悪そうに見えていたその表情は、今では悪戯好きな子供にしか見えない。
そうか。先入観一つで人はここまで物の見方が変わるのか。愚かな俺の学んだ事。
「それでね、この筒のここ、この部分にラバーケロッグの皮を…で、ここをこう引っ張って、そうすると中の空気がこう…ぼんっ!て。どう?すごい?すごくない?」
生き生きとした顔で〝空気じゅう”とやらの説明をするテオドール。おいおい、だめだろ、そういうこと誰でも彼でもべらべら話しちゃ。まったくしょうがない奴。
「お前さ、そう言うの登録前に他人に話さない方がいいぞ。盗用されたらどうするんだ」
「他人って…タウルスじゃん。それにタウルスが悪用すんの?いや無理でしょ、ありえない」
なんの根拠で俺が悪用しないって信じてるんだか。それに俺の事、他人じゃないとか…
深い意味がないことぐらい分かっているけど…それでも俺の心はドキリと弾んだ。
「あのな…俺は入団したら第六を志望するつもりで居る。だから…お前がもし平民になったら…お前の安全は俺が守ってやる」
「へ?第六?あれ?第一じゃなくなって…あ、んん、何でもない。第六ね、良いんじゃない?良いと思うよ」
「そう思うか?俺みたいな馬鹿はきっと他にも居る。だから今度は俺がそいつらから貧しい人々を守るんだ」
「え…あ、うん。すごく…ほんとにいい考えだと思うよ。驚いた。…本物のタウルスだよねぇ?」
「なんだよ、偽物だとでも思ったのか。こいつめ」
首に腕を回してもテオドールは嫌がる事も無く笑ってる。俺の腕の中で笑ってるんだ…
この笑顔を手に入れるのは殿下なのか、ハインリヒ様なのか…
あの日あんな出会い方さえしなければ、俺が隣に立つ未来もあったのだろうか…




