よん 最初のフラグ破壊
僕はあれからあまり部屋を出なくなった。
いつどこでどんなフラグが立つかと思うと怖くて怖くて外になんて出られない。
だって万が一幼い攻略対象者にでも会ったらどうするのさ!
もともとインドア派の僕は本さえあればそんなに退屈しない。
ゲームがあればもっといいけど、でも侯爵家には学校の図書館よりも大きなライブラリがある。
それに侯爵家の屋敷は大きくて歩いてるだけでも運動になる。
敷地がそもそも広いので庭を歩くだけでも散歩になる。だって敷地内に花壇も畑も果樹園もあるんだよ?信じられないよ…
これでも領地邸の四分の一にも満たないっていうんだから貴族の家って怖い。
そんな僕の毎日。
今日も部屋で大人しく本を読む。読んでるのは薬草…ハーブの本。
冒険者っていっても魔法のほとんど使えないテオドールが、すぐモンスターを倒せるとはちょっと思えない。
レベルが上がって倒せるようになるまでは薬草を摘んで生計をたてようと思ってる。
すると、七歳の僕が難しい本をすらすらと読むもんだから乳母やメイドは「テオドール様は神童だわ!」って大騒ぎだ。
そりゃあそうだよね。僕の中身は中学…高校…生。入学式にこっち来たんだから…どっちだ?
とにかく、現代日本の過酷な受験システム、週四の塾通いに夏期講習、冬期講習、英検漢検模擬試験なんかを乗り越え、まあまあ偏差値の高い私立高校に入学したんだから、こう見えて勉強だけはできるんだよ。
少なくとも、この世界の知識レベルで考えれば天才扱いも当然といえよう。エッヘン。
そんな風に図書室で過ごしてた時飛び込んできたのは、このお屋敷には不似合いな音。声。これ…何かな?
ざわざわ…
ガヤガヤ…
階下?お祭りみたい。うるさいな。何やってんだろう?
ガチャリ
部屋を出る。階段を降りる。
貴族のお屋敷とは階下に厨房や洗濯室や使用人の部屋なんかがあって、普段なら僕には立ち入りが許されていない場所だ。
でも僕は気にしない!だって僕キッチン大好き!お母さんもおばあちゃんも居た場所だもん!
「この薄汚い恐喝者の息子めが!」
「父上に引き取られたからと思い上がるな!卑しい庶子の分際で!」
ぎょぎょっ!あれは!あのピンクの髪は!アリエスっ!
はっ!今日が引き取られた日なのか!そうなのか!
ああっ!!!お兄様が手を振り上げている!お母様ー!その手の教鞭はなにー⁉
「このっ!」
「きゃっ」
「それはダメなやつーーーーー!!!!!」
ずさぁーーー
バシィ!
ピシィ!
ぅいったぁーーー!
「テオ!何故そいつを庇う!そこをどけ!」
「だめっ!なにしてんのもうっ!」ダンッ!「こんなのやめてよ!」ダンッ!「ほんとに!」ダンッ!「もうっ!」ダンッ!「こういうこと!」ダンッ!「しないでっ!」ダンッ!
痛いのにも腹がたって腹がたって…地団駄を踏みながらムキになって叫ぶ僕の剣幕にその場の全員が怯んでいる。
「あ…あの…」
「メイド長!はやく部屋へつれてってよこの子!」
「は、はい!ただいま!」
「あっ…」
セーフ!
ふぅ…間一髪だった…
「お母さま…。暴力は…暴力は絶対ダメだからねっ!」
僕の言葉にお母様は肩を震わせ唇をかみしめ、それでも踵を返すと自室へ戻っていった。美人が怒ると本当に怖いな…
「テオドール。傷の手当てをしよう…おいで…」
そして僕はというと、お兄様に手を引かれ自室へと連れていかれた。
ひゃっ!つめたい!
「すまないテオ…、君を傷つけるつもりなんてなかったのに…」
「もういいよ。飛びだしたの僕だし…でもああいうのほんとにもうやめて。お兄様のあんな姿見たくないよ。今度あんなところ見かけたら嫌いになっちゃうからね!」
「わ、わかった。分かったから嫌わないでおくれ」
「…」ジト…
「…そうだな、関わらなければそれでよいか。約束しよう。それよりほらテオドール、気分転換にあちらの部屋でお茶にしよう。有名店の新作焼き菓子があるんだよ」
「…うん…ありがと…」
言質は取った。
どうだろう…最初のフラグは回避できただろうか…?




