38 特訓というほどでもない
寒いのか暑いのか分からない状況の中お茶会は続く。
分かっているのは、ただ一人だけこの妙な雰囲気に呑まれていない人が居るって事。
そう、それは頭の固いデルフィヌスだ。
デルフィは貴族としての礼儀と振舞い、そして学生としての規律と姿勢にとても厳しい。
僕にもうるさいけどみんなにもうるさい。
王子の苦笑いも目撃したしタウルスが時々小さな声でため息ついてるのも僕はちゃーんと気付いているのだ。
そんなデルフィはやっぱり律儀だ。忘れずにちゃんと僕に魔法のコツを教えてくれる。言い出しっぺの僕が半分忘れかけていたって言うのに。
「ほらもっと魔力回路を目一杯開いてごらん?」
「こう?」
「…開けてない…」
「これは?」
「…違う…」
「うぅ…」
「そもそも水の量を増やしてどうしたいんだい?」
僕の特訓をぼんやり見ていた王子が質問を投げかける。
「だって冒険中お風呂にはいりたくなっても近くに水場があるとは限らないでしょ?だからたくさんお水出せたら便利だと思って」
「水だけ出してどうする。冷たいままでいいのか?湯舟はどうする?片手落ちじゃないか」
「うぐ、あぅ…」
デルフィのばか!そんなこと………忘れてたよ!
「あ、あー…クリーンじゃだめなのか?」
「僕…ハンカチくらいしかキレイに出来ない…」
「…そうか、魔力レベルは低いのだったな」
「ウォーターくらいならデルフィに教えてもらったらもしかして何とかなるかもって…」
「何故僕が教えたらなんとかなると思うんだ?」
うぅ…ゲームでアリエスが教えてもらってた、なんて言えないよ。
「だってデルフィ頭良いし…眼鏡だし…」
「そ、そうか」
張り切ったデルフィにすごく丁寧に教えてもらっても僕の魔法は一ミリも上達しない。設定め!にっくき設定め!
申し訳なさそうなデルフィになんか「良い線いってた」ってよしよしされて…僕はなんだか「そうかな?そうかも」なんて調子に乗って。
「ねぇデルフィ、上手く出来たら僕のお願い一つ聞いてよ」
「はぁ?なんだって僕が君のお願いを聞かなきゃ…まぁいい。簡単なお願いなら聞いてやる」
「僕ウンディーヌ見たい!水の精霊、ウンディーヌに会わせてっ!」
召喚魔法の得意なデルフィは、ゲームで属性の精霊、ウンディーヌを呼び出していた。すっごくキレイだったんだよねぇ…あのスチル。
「…さすがの僕もウンディーヌはまだ無理だ。ナイアードなら気が向いたら来てくれるが…それではダメか?」
「ナイアード?」
「水の妖精の子供だ」
「えっ!見たい見たい!約束っ、約束だよ。僕のウォーターが上達したらナイアードに会わせてね!」
ああそうか、うっかりしてた。デルフィヌスが水の精霊ウンディーヌと契約するのは高等部三年の時だった。
だけどもう妖精なら召喚出来るんだ…すごい!やっぱりインテリ系は一味違う!
それから僕のなけなしの魔力がすっからかんになるまで頑張ったけどお水の量は1デシリットルも増えた気がしなかった…泣ける…
「ほら元気出して。今日は無理でも明日には出来るかも知れないだろう?」
「うう…魔力が復活したらもう一回挑戦する!」
「えらいなテオドールは。そう、あきらめないことが大切だ。大丈夫、上手くいったらいつでもナイアードに会わせてやろう」
デルフィが今までで一番優しい顔でそう言ってくれて、僕の胸の中はとても暖かい気持ちでいっぱいになった。
そう、僕は前世から、褒められたり、甘やかされたりするのが大好きだったから…だから…
「ねぇねぇデルフィ…」
「ん?なんだ。」
「おにいちゃんって呼んでも良い?」
ん?どうしてみんなテーブルに突っ伏してるんだろう?




