33 モブは見た
「やぁアリエス、今日も孤児院に寄るのかい?ならば私もご一緒しようじゃないか」
「御冗談をレグルス殿下。そんな軽口叩いていると怖い顔したデルフィヌス様がどこからともなくやってきますよ」
「ならば彼が来る前にこのまま二人で抜けがけしよう。なに、馬車は君のもので構わない。テオドールが用意した愛車なのだろう?」
いつもの日課。レグルス殿下とアリエス様はバッタリ出会った玄関でたわいもない挨拶をかわされる。
最近のアリエス様は授業のあと週に数度ほど孤児院へ慰問に向かわれている。
なんでも筆頭婚約者候補になった義兄の名誉回復に付き添われているという噂だ。
そう。昨年開催された王家主催のお茶会にテオドールは招待された。
その場で何が起きたのか…様々な噂が漏れ聞こえるが、いずれにしても殿下は件のテオドールを自ら婚約者にご指名された。
「ねぇ貴女ご覧になったかしら?」
「追いかけられるテオドールのことね?」
「よりにもよって王家主催のお茶会で癇癪を起し殿下の不興をかったのですって」
「まぁ!それでしたらわたくしも見ましたわ。なのに何故殿下はアレを婚約者になど…」を」
「あれ?」
「発明品の数々よ。防犯用のカラーボールに防犯スプレー、我が家にも備えてあってよ」
「その才知だけは本物のようね…」
「昔から言うではないの、なんとかと天才は紙一重って」
「ぷっ、まあひどい」
「分かるでしょう?殿下は国益を考えられたのよ」
「陛下に自らテオドールを制御なさると懇願なされたそうね」
「「なんとおいたわしい…」」
あの日、嵐のように現れ嵐のように去っていった美貌の悪童テオドール。
殿下の婚約者候補に不敬な真似など出来ようはずもない。以前の噂は影を潜めた。
だが…
今でも社交界でテオドールは悪童のまま。
その地位、その才、その美貌に構うことなく、今も尚悪評は続く。
「やぁアルタイル、君も今帰りかい?アリエスとともに孤児院へ出向くのかな?」
「殿下も大概お人が悪い…。ご存じですよね。俺があそこに顔をだせる訳がないって。子供たちにとって俺は今でもテオをいじめる悪い奴ですよ…」
「テオ?」
「…アルタイル様!いつからお兄様をそのように…」
「そうとも、私でさえテオと呼ぶなと言われたのになぜ君が…」
「ぷっ」
「あっ、いやその、救護院で…」
「はぁ?救護院って…あの救護院ですか!」
「まあ…」
「いつの間にそんな抜け駆けを…」
「君…、救護院に通っているのかい?よくも隠していたものだ」
「月に一度か二度程度のことですので言うほどでもないかと」
「二度も!初耳ですね。へぇ…?お兄様から詳しく聞かなくては…」
殿下とアリエス様から何かの追及を受け困ったご様子のアルタイル様。
彼は最近アリエス様の取り巻きでいるのを止めたようだ。こうして軽い会話を少しばかり楽しむと一人送迎の馬車へと乗り込んでしまわれる。
まとわれる雰囲気も落ち着かれ、もともと真面目な方ではあったが一足先に大人への道を歩もうとしているようだ。
「待たせたね」
「やあデルフィヌス。タウルスは一緒じゃないのかい?」
「彼は最近授業が終わると一目散で騎士団の稽古場に向かっているよ。父親の騎士団長がいる第一ではなく、あえて平民街の警らを受け持つ第六騎士団にね」
「そうか。思うところがあったのだろうが…これは良い変化だ。そうだろう?」
「ああ。私たちももう行こう。今日は農務の長と面談がある」
「それでは殿下の手綱はお返ししますねデルフィヌス様。決して離されませんよう。ふふふ、このお悪い殿下はデルフィヌス様を出し抜き孤児院行きを画策されていましたよ」
「レグルス、無計画な外出は控えてくれないか。僕が護衛官に叱られる。あれの顔が見たいなら王宮に呼び出せばいいだろう?君は婚約者みたいなものじゃないか」
ため息をつくレグルス殿下とあきれたようなデルフィヌス様。
お二人を横目にアリエス様はいつものようにきれいな姿勢で正門へ向かっていく。
アリエス様とテオドール。血のつながりはない二人。美しいテオドールと可憐なアリエス様。レッドフォードの華麗な兄弟…
テオドール様か…噂以上の美貌だった…
私のような下位貴族に成り行きとは言え言葉をかけられたテオドール。
『あっ、ごめんね!今急いでるから許して!』
あの時の鈴を転がしたような声が耳にこびりついて離れない。
二年後彼は一体どんな顔をしてこの学院へやって来るのか。
その時彼は私達下位の者に一体どのような態度を示すのか。
殿下の筆頭婚約者候補…テオドール・レッドフォード。
テオドール…テオドール…
私は何度も、その名前を口の中で転がした。




