32 お父様登場
今日の侯爵家にはただならぬ緊張が漂っている…
何故なら…テオドールの父親…ドルフ・レッドフォードがこの王都邸へやって来たからだ。
お父様は一年のほとんどを領地に引き籠りこの王都邸へは滅多にやって来ない。
僕がまだ小さい頃、アリエスがやって来るまでは時々姿を見せていたような気もするけれど、いまではほとんど顔を出さず宮廷への出仕も転移陣ですませている。
これはあれかな?ゲームの仕様かな?ほら、お父様ゲームに出て無かったから。
「旦那様、ようこそお帰り下さいました。万事つつがなく差配しておりますが目につくことあらばおっしゃってくださいませ」
「いいやヴィクトリア。君はいつも本当に良くやってくれている。今日はテオドールのことで話をしに来たのだ。ハインリヒと二人ここへ呼んではくれないか。スチュアート!」
「はっ、ただいますぐに」
家令のスチュアートにお兄様と二人お父様の書斎へ呼ばれる。
コツコツコツ…
何を考えているのか、お父様は僕を上から下までじっとりと眺め倒す。ああ、いたたまれない…
「大きくなったなテオドール。…そうか、大きくなったのだな…」
それほど身長伸びてはいないんだけどな。
お父様があまりにも僕をガン見するから、こう、気持ちがそわそわする。
「ハインリヒ。宮廷では良く貢献出来ているようだな。私も鼻が高い。お前はこのレッドフォードの次期当主。けっして侮られることの無いよう心しなさい」
「はい父上。レッドフォードの誇りをいついかなる時にも決して忘れはいたしません」
「よかろう。では此度の件だ。王太子から寄越されたテオドールへの申し入れ、不本意な要求ではあるがこの程度のことでうろたえるのではない。王家といえどこのレッドフォードを軽んじることは出来ぬのだ。時がこれば父がお前たちの婚儀を整えてやろう。それまでは錯覚させておけばよい。テオドールを手に入れたというつかの間の錯覚をな」
ひぃぃぃ!
あぁ…やっぱりお父様はそのつもりなんだ…
お兄様は?今までちゃんと聞いたこと無かったけどお兄様はどう思ってるの?
「テオ、逃げまわるほど苦手な殿下と婚約なんか辛いだろうがあとしばらく耐えておくれ。私が必ずテオを奪い返してあげるから。いいね、何も心配などすることは無いのだよ。ちゃんとここに居られるように私が万事取り計らって見せるから」
ガーーー…ン…
善意でしかない。
えっ?そういう感じなの?善意?善意なの?全部僕のためなの?
思い出した。自分で言ったんだ。ずっと家から出ないって…
断罪フラグが怖かったから…前世を思い出した幼いあの日、自分の口でそう言った…
口は災いの元…それってこういう事?
お兄様の行動が善意の塊である以上、その気持ちを頭から無下には出来ない気がした。
前世のおじいちゃんが言ってた。恩をあだで返しちゃいけないんだよ。
お兄様にはどうにかして、十六歳になるまでに僕はもう子供じゃないって伝えなくてはいけない。
お兄様を傷つけないよう、自然とこう、遠回しにさりげなく、僕はいろんな世界を知りたいんだって。
もう大人になったんだから子ども扱いしないでって、お兄様の目を見てそう言わなくちゃ。
そうしたらきっとお兄様はわかってくれるよね?
それより今はお父様だ。
ハインリヒお兄様の隣に並んだ僕を目を細めてずっと見ている。
なんでそんな目で見るの?お兄様と結婚させるのがそんなに楽しみなの?ねぇなんで?
「テオドールが十六になる時ハインリヒは二十三となるか…。良い歳の頃だ。そう…とても、な。ヴィクトリアよ、君もそう思わないか?」
「そうでございますね旦那様。十六のテオドールと二十三のハインリヒ。二人が領地の緑の中に佇む姿、それをこの目で見るのが楽しみですわ」
「ああ。実に楽しみだ…」
ぶるり…
十六のテオには断罪へのプレリュードが待っている。
お父様とお母様が、一何を楽しみにしているのかわからないけど…
…その時ここに居ちゃいけない事だけは確かな気がした。




