31 フラグは初見から立っていた 四本目
「なんだこれは!どうしてこんなものが…!」
怒気を含んだ声でハインリヒが叫ぶ。
「こ、婚約希望…だと…?何故…」
「テオドールと殿下の接点など先日の茶会しかないでしょう?大きな声を出すのはよしなさいハインリヒ。所詮子供の戯言。筆頭婚約者候補など、陛下の胸三寸でいつでも無かったことになる程度のものですわ。気にするのはおよしなさいな」
「くっ!だからテオドールを王城へやるのは嫌だと言ったのです!今まで誰にも気づかれないよう茶会も夜会もテオドールの望むがまま断り続けてきたと言うのに…これでは…囲い込んだ意味がない…」
前妻の忘れ形見であるハインリヒは若き頃の侯爵様と本当に良く似ている。
年の頃もそう、わたくしと侯爵様が初めて出会ったあの頃とちょうど同じ。
そして彼と出会ったのも…また同じ頃。
「さすがは殿下、いくら子供でも王族は王族ね。噂などにごまかされることなくたった一度のお茶会でテオドールの真価に気づくとは…。ふぅ…良い事?これはお断りは出来なくてよ?旦那様もそうおっしゃっているわ」
「義母上は私の味方ではなかったのですか?テオを守り愛するのはこの私だ!初めて義母上に手を引かれこの屋敷へとやってきた三つの頃よりずっと私が傍にいたのだ!癇の強いあの子は大きな音や光にもいつも怯え泣き叫んだ。それを宥め、庇い、慈しんできたのだ!テオの願いならなんだって叶えて来た。それを今更他の者になど!」
まるでいつかの再現を見ているようだわね…
レッドフォードの若き当主、広大な緑あふれる領地の中で私たちは友情を育んできた。そうして彼は言ったのだ。『君は私の味方ではないのか?』と。
まったく…遺伝子とは恐ろしいこと…
「もちろん味方ですとも。旦那様がそう望まれる以上わたくしはあなたとテオを祝福するわ。但しよろしくて?わたくしはテオの不幸を望んでいるわけではないの。その事は重々」
「分かっております義母上。ご心配には及びません。私ほどテオを愛するものなど一体どこにいましょうか?このレッドフォードという鳥かごの中で大切に大切に守りましょう。なにひとつ不自由などさせません。テオの望みは全て叶えてやりますとも。そう、ここから飛び立ち誰かのものになる…それ以外の事ならば全て」
テオドール、わたくしの可愛い一人息子。神のギフトと呼ばれる容貌のみならず、七つを過ぎるころからは神童とまで言われる才知を花開かせ、それゆえに幼い頃から蝶よ花よと可愛がられた。
この厳重に護られた屋敷の中で。
散々甘やかされた無邪気なテオは自分の望みが通らないなどとは微塵も思わない。
けれどテオのその我儘など、ハインリヒの執着と比べてみれば気が抜けるほどかわいいものだわ。
いつの間にかあの子のその我儘には奇行も混じるようになってしまったけれど、奇才な身であればそういうものかも知れないわね。
その奇行すら愛おしいと言う盲目のハインリヒ。彼も侯爵様の手腕、立ち振る舞いを如才なく受け継ぎ、すでに宮廷の期待を一身に背負う身。
本当に…テオが関わらなければ本当に良く出来た青年なのだけれど。
「候補の三文字が消える直前までは放っておきなさい。悪評に代わる盾が出来たと思えば良いわ。そしてその候補の文字が消える時、その時にさえ笑えればそれで良いのではなくて?レッドフォードの嫡男ともあろうものが見苦しい真似などしないでちょうだい」
「…そうですね。ここで騒ぎ立てたところで良い結果を得られるとも思えませんし。…いいでしょう。今しばらく我慢をいたしましょう。むしろこれくらいの障害、私とテオの良い刺激と思えばいい」
「…そうね…」
情の深さまでも侯爵様と良く似ている…だけど侯爵様と違いハインリヒには…テオドールと共に過ごしていける未来がある…
侯爵様がハインリヒとテオドールにどんな想いをお持ちでいるのか想像に難くはないが…
わたくしの可愛いテオドール。貴方の未来に幸多からんことを祈るばかりよ…




