30 逃げる者 追いかける者
「ほら大丈夫かい?泣き止んでテオドール。慰めるのは得意じゃないんだ。提案があると言っただろう?きっと気に入る。君の助けになる提案だよ」
「…提案…ヒック、何?」
「私は君に婚約希望の書状を届けようと思う。といっても、まだ私も中等部。高等部に入る年になるまで正式なものと言う訳にはいかないが、君の作ったあの発明品、あれらの功績を手土産にすれば陛下の説得も可能だろう。筆頭婚約者候補、程度の肩書は可能だろう。さすがに陛下からの打診であれば侯爵夫人も侯爵自身も簡単に拒否は出来ないよ。君とハインツの婚約へ抑止力にはなるんじゃないかな?」
「筆頭婚約者候補…」
婚約者(仮)みたいな感じだろうか?
だけどそれは危険への一本道。
王子の婚約者…それこそがゲームのテオドールが必死になって欲しがった栄光の座なんだから。
結局王子ルートではアリエスがその座に収まることになるんだけど…今僕がその座についたらこのシナリオはどうなるの?断罪ルートへは繋がらない?
「殿下…どういうおつもりですか…」
「アリエス、怖い顔をしないでくれないか。正式なものではないと言っただろう?だからこそ侯爵は首を縦に振るだろうし侯爵夫人も同意せざるを得ない。なに、いずれテオドールが自分の道を自分自身で決められる時がきたら解消したって構わない。まぁ、その日までに私自身を好きになってもらえるよう努力は惜しまないつもりだけれどね。どうかなテオドール。君が自由を手にするために私の威光を使えばいい。きっとこれが最善だと思うのだけど」
「うう……」
「書状が届けられるまでにおそらく何日かかかるだろう。それまでに心を決めておいて。良い返事を聞かせてくれると嬉しいな。例え仮でも君と婚約できるなら光栄だ」
抜け目なく僕のほっぺにご挨拶のキスをすると殿下はキラキラの余韻だけを残して帰っていった。
アリエスと侍従が心配そうに僕をみるけど僕は今一人で考えたい。
西棟の自分の部屋へ戻ってくると従者に今日はもういいと言いつけ頭から布団をかぶる。
抑止力…仮婚約…
筆頭侯爵家の権威を以てしても王家の意向まで頭っから拒否は出来ない…
すごいな。権威を権威でタコ殴りにするのか。えげつないな王子…あんなさわやかな顔をして。
「でもそうか…自分の道を決められるようになったらって、冒険者登録できる歳ってことだよね」
誰も居ない部屋で独り言のように確認する。
十六歳になったら婚約(仮)を解消して家を出ればいいんだ。か、仮なんだから不敬じゃないよね?
【みら学】ゲームの開始年齢にはギリ引っかかってるけど、これくらいなら誤差の範囲?すぐに出てけば大丈夫だよね?
まだだ、まだ勝負は終わらんよ!
僕は勝負を簡単にあきらめたりしない。
前世での、学校と塾と模擬試験に彩られた僕の真っ黒なスケジュール帳。
あの過酷な毎日にだって僕は打ち勝ち勝利の雄たけびを上げたんだから!
たとえ一抹の不安があったとしてもこれしかないならやるしかない。
僕は今まで以上に気持ちを引き締めて、お兄様との関係も攻略者からの断罪も、全部まとめて回避の道を進むべく、王子の仮婚約者になることを決めたのだ!
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「ふふ、どうだいケフェウス。まんまとこの流れに持ってこれた。上手くやったと思わないかい?侯爵夫人にあのような思惑があったとは驚きだったがある意味感心したね。侯爵夫人の面目躍如だ。愛息テオドールを溺愛しているかと思いきや、夫人の愛は全て侯爵へ捧げられているようだ」
「そうですね、レッドフォード侯爵家を正しく残す。そのための足元の小石は全て除いていく、と。大したものです。夫人も、それを利用する殿下ご自身も。私も見習わなくては」
「やめてくれ。利用とは聞こえが悪い」
「それにしても…本当に婚約解消できると思っているなら彼らもたいがい考えが甘いことだ」
「仕方ないだろう?こうでもしないとテオドールを手に入れることなんて出来やしない。なにしろ地雷とまで言われたのだからね、私は。聞いていただろう?絶対結婚しないと息巻いていた。だがこれでどうとでもなる。私のすべきことはテオドールを振り向かせることだけだ」
「まさか殿下に地雷などと言い放つ貴族子息がいるとは思ってもみませんでしたが…陰から聞いていて私も驚きましたね。逃げられる殿下…ふっ、くく…随分見ものでしたよ」
「よせよケフェウス、あれにはついムキになった。可愛いお馬鹿なテオドール。逃げられれば追いたくなるのが世の常だというのにね」




