26 フラグは既に立っている 二本目
孤児院からの救護院。それが僕のゼロが付く日の決まり事。
救護院には引退した元冒険者のおじいちゃんたちがいっぱいいる。
冒険者たちは現役中にいっぱい稼いで引退したら宿屋でもやるのが定番だけど、宵越しの金は持たねぇ!みたいな人は暮らしに困って今でも魔物を狩ったりするから、時々大怪我をして運び込まれる。そう、ギルド付属の立派な治療院にかかるお金も無かったりするのだ。
困った人たちだなぁ…
だけどさすがに元冒険者。おじいちゃんって言ったって怪我をしてなきゃすごく元気だし、治ったらダンジョン連れて行ってもらう約束だってしてる。
何より僕はおじいちゃんが大好きなのだ!
前世の記憶がインプットされた僕は、無条件でおじいちゃんはなんでも言う事聞いてくれるものだって信じてる。
何処でも連れてってくれるし、何でも作ってくれるし、なんだって教えてくれる。散歩についてけば、みんなに内緒で回転寿司だってごちそうしてくれるんだから。
おじいちゃん大好き!多少膏薬臭くったって僕気にしない!
今日は何の話をしてもらおうか…意気揚々と今にも壊れそうな建物の中へ入っていく。
そんな僕の目の前に現れたのは…まさか、まさかの…
アルタイル!
「やあテオドール」
「ふあっ!ど、どど、どうして!」
「今日ここへ来ると学校で聞いた。俺の顔を見たくないのは承知の上だが…がっかりされたままで終わりたくない」
「なんてっ⁉」
「挽回させてくれ。テオドール、君の手伝いをしたい。俺の仕打ちを忘れられなくても…せめて、せめて上書きくらいは…」
帰れっ!て言いたかったけど…そんなしょぼんとされたら言えやしない…
だから「隅っこの方で掃除の手伝いくらいなら」って、そう言ってその場を離れた。
そうだよ。院長だって人手はいくらあっても良いって言ってたしね。
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ダメもとで来てみたが…意外なほどすんなりとテオドールは俺がここに居ることを許してくれた。
もっと怒りをあらわに怒鳴り散らすと思っていたのに。ああ、これすらも偏見と言うやつか。
だめだ、少しも先入観が抜けてないじゃないか!
自己嫌悪に陥りながらももくもくと薬棚を整理していく。
これはあの日孤児院でみたテオドールの煎じた薬。
品目を見れば珍しいハーブばかり。買って揃えれば相当高価な薬だろう。
簡単な魔法しか使えないテオドールは手当ても掃除も全てが手作業だ。
効率悪いと思うのだが、テオドールに手当てをされるご老人はみなどこか嬉しそうに見える。
そうか、…ヒールは一瞬で傷口を塞ぐがそこにふれあいは無い。
「そんなヨボヨボで走ったら転んで捕まって一飲みにされちゃうよっ!」
「はっはっはっ、こう見えても坊ちゃんより速いわい!」
「こんな数本の毛、後生大事にとってないで抜いちゃいなよ?往生際が悪い!」
「馬鹿もん!これから増えるかもしれんじゃろうが」
酷い悪態をついているようにしか見えないのに…言われたご老人は皆楽しそうだ。
こんな社交の仕方があるのか…
自分はどれほど狭い世界しか知らなかったのだろう。テオドールの周りにはいつも新鮮な驚きがある。
「おーい新しい怪我人だ!ベッドを空けろ!」
大腿部からひどく血を流した男が運び込まれる。俺でさえ顔をそむけたくなるその傷口にためらうことなく水をかけ続けるテオドール。
「縫うんでも貼るんでも雑菌は流しておかないと膿んじゃうからねっ!〝ウォーター”〝ウォーター”…」
もともと魔力もそう無いのだろう。数度のウォーターで倒れそうになったテオドールを後ろから支え魔法を代わる。
そうしているうちに清浄になった患部を院長が縫合すると言うので俺はテオを裏に連れて行った。
少し休ませなければ…このままでは帰ることも出来ないだろう。
「大丈夫かテオドール。水は飲めるか?」
「いい、水なら自分で…あっ、今無理…じゃ、じゃぁちょっとだけ…」
テオドールよりも大きい俺の手の平を器にして水いっぱいにしてやると顔を寄せ直接口を付ける。
俯いた頬には一筋の髪がかかり…まるで絵画のようだ。
見てはいけないものを見た気分になって顔を背けると飲み終わったテオドールは鞄を取ってきて欲しいと言う。
渡してやった鞄の底をごそごそとまさぐり取り出したのはいつかの手作りクッキー。
「…はい…仕方ないから一枚だけあげる。…魔法…うぐぐ…代わってくれてありがとう…」シブシブ…
「いや、俺は…」
不承不承と言った口調で、それでも素直に感謝の言葉を口にするテオドール。
…そうか、少しだがテオドールのことが分かってきた。
彼は見た目以上に子供なのだ。そうだ。ただただ子供なだけなんだ。
貴族家の子供は幼い頃から感情を表に出さない事こそ貴族としての振舞だと教えられて育つ。
それがこの目の前にいるやたらと美しい顔をした少年は、良い事も悪いことも、思ったように言葉にし思ったように顔に出し、そして…思ったように行動する。それが人の目にどんなふうに映るか考えもしないで。
手渡されたクッキーを齧る。
固くて焦げた、それでいて甘いクッキー。けっして美味いわけではないが不思議とくせになるような…
まるで目の前にいるテオドールのようだと思う。
いつか手渡された鳥の餌となって消えたクッキー。
あの場で齧っていたなら何か違っていたんだろうか…




