23 巨大迷路
「君がテオドール・レッドフォードか。レッドフォード侯爵家の次男だな。ハインリヒ殿とは面識があるが君に会うのは初めてだ。それもこれも君が貴族家にあるまじき振舞ばかりをするせいだ」
会ったばかりで何言ってんの?初対面なら初対面らしく自己紹介からするんじゃないの?
プンプン!失礼な奴。ああ、なんだデルフィヌスか。
迷路から脱出することも出来ずウロウロしてたせいでとうとう最後の攻略対象者に捕まってしまった。
「貴方も僕の事悪い令息って思ってる人?だったらあっち行って。僕そんな人と話すことなんてなんにもないんだから!」
「悪い令息…?ああ、あの噂の事か。そんな事はどうでもいい。君が我儘だろうが偏屈だろうがそれは君の問題だ」
え?へ?
どうでもいいって言われてなんだかちょっと拍子抜け。デルフィヌスって一番こういう噂嫌がりそうな感じだったのに。
「だが、高位貴族としての君の振舞には一言物申さねば気が済まない。君の行いがどれほど品位に欠けたものか理解が及んでいないようだからね」
そっちか!
デルフィヌス…確か頭固いんだよね…。めんどくさいな…、どうやって逃げよう…
「君は何故社交の場に出てこない?普通貴族の子弟はそういった場で人脈を繋ぎ将来への布石とするものだろう」
どうやらデルフィヌスは僕の引きこもりがお気に召さないらしい。
「普通じゃないといけないの?」
「爵位を継ぐのがハインリヒならば尚更備えは必要じゃないか。君は何を考えてるんだ」
「備えって…年寄りくさい!えっ?デルフィヌスって十三か十四のはずだよね?」
「年寄り!僕が年寄りくさいだと!」
怒るのはそこなのか…
もしかして思ってたより良い奴?これって…多分僕を心配してるの?えっ?意外なんだけど…
「人を年寄りとはなんだ!大体君は何を考えて学校なんかに入ったんだ。あそこは平民が行く所だろう。それも簡単な読み書きを覚えに。君は神童と呼ばれるほど明晰な頭脳を持っているはず、必要ないじゃないか!」
「僕がどこへ入ろうとデルフィヌスには関係ないじゃん!学校なんかって…あそこは良いところだよ。と、友達だって出来たし…」テレテレ…
それも将来のパーティーメンバーだって出来たし。
「僕の名前を知っていたのか…なら話は早い。僕は公爵家をいずれ継ぐ者。宰相として殿下をお支えするのが僕に課せられた責務だ。君も筆頭侯爵家の者なら神童と呼ばれるその才能をよりふさわしい場所でよりふさわしい友人と共に育み、少しは王国の為に役立てたらどうだ」
良い奴?いや嫌な奴とも違うけど…なんかもやもやする。
「デルフィヌスが王子を支えたいならそうすればいいと思うけどー、僕には関係なくない?心配して言ってくれたのはちょっと意外で嬉しいなって思ったけど…なんかさぁ…ふさわしい場所とかふさわしい友人とか…」
「高位貴族には高位貴族としての義務がある。好き勝手が出来るなどと」
「もうっ!貴族貴族うるさいなっ!」
分かった、何がモヤモヤするのか。
「僕は平民になって冒険者になるんだから!」
「はぁ…ばかばかしい。何を夢みたいなことを…」
「夢じゃないもん!僕はちゃんとそのための準備もしてる!着替えだって一人で出来るし、お弁当だって作ってる。毎日一時間は敷地の中歩いて体力作りだってしてるし冒険者になる努力なら欠かさずしてるもん!」
口先だけじゃないんだから!
「僕は平民になるんだから好き勝手したっていいんだよ!義務と権利はペアなんだから。僕は権利を捨てるから義務だって捨てる。それよりデルフィは決められた人生、疑問に思ったことは一度も無いの?さっきから義務とか責務とか…ここ見なよ、こんな迷路の中だってたくさんの分岐があって、その数のぶんだけ選択肢があるんだよ?デルフィに迷いはないの?」
ゲームの中でさえいくつもの分岐があってそこから進むシナリオは変わっていくのに、目の前のデルフィヌスはシナリオもないのにガッチガチに凝り固まってる。
今のデルフィは前世で行ったらまだ中学生くらい。あの頃の僕なんか進路に悩んで日々夢と不安で揺れ動いてたのに!
「ぼ、僕は決められた道をイヤイヤ進んでいる訳じゃない。公爵家の嫡男であることを誇りに思っているし、殿下の元で政務につける立場であったことを名誉に思っている」
「そうなの?なら良かった。嫌みじゃないよ。本当だよ。だけど僕はそんなの名誉だなんて思わない。どうだっていいし!」
「どうだっていいだと?誰もが望む最高の栄誉だと言うのに!」
そうだろうけど…、悪役令息にとってそれは破滅とワンセット…
はぁ…「君はその気にさえなれば殿下の正妃の座だって狙える立場なんだ。筆頭侯爵家レッドフォードとはそういう家門だと分かっているのか?」
「正妃ー!じょ、冗談じゃない…ダメダメ!王子とそんなのいいって!…だいたいいくら思ったより良い人だったからってデルフィとだって僕は恋愛も結婚もしないんだからね!言っとくけど!」
ここではっきり言っとかなくっちゃ!小さなフラグもコツコツと…つぶすべし!
「ぼっ、僕は関係ないだろう!なな、何を言っているんだ君は!」
関係?大ありだよ!
ゲームでならレグルスとだってデルフィとだって、アルタイルとだって、あのタウルスとだってたくさん恋愛したしいろんなパターンのエンディングを迎えてる。
そうだよ、その中には結婚エンドだってあったけど…あの時僕はアリエスだったから…
今の僕はテオドールで…そんなこと考えた瞬間に断罪フラグが工業地帯の煙突みたいに立ち並ぶ。
僕はイヤイヤと頭を振りながらデルフィヌスを置き去りにして迷路の出口を探す為に走り回った。
なんて無駄に大きい迷路なんだ。何処へ行ったら出口があるのか。
僕の断罪回避のシナリオは…未だ混迷を極めたままだ…




