21 渦中の人
今の今までただの一度も社交の場に姿を現した事の無いレッドフォード侯爵家の二男、テオドール。
噂のテオドールが初めて公の場に姿を現すと言う事で皆の話題はほぼそれ一色だ。
ガヤガヤ…ざわざわ…
「レッドフォード侯爵家よりテオドール様、アリエス様ご到着でございます。」
案内人の声に皆の注目がその登場口に集中する。
「ほぉ…これはこれは…」
「何という美しさだ…」
静かに姿を現したテオドールとアリエス。
「ですが、あの噂のテオドールですよ。癇癪もちと噂の」
「あら、わたくしは偏屈の変わり者と聞いておりますわ」
「我が家が雇い入れた元レッドフォード家のメイドが言うには…」
噂の主の登場にあちらこちらから悪意をもったささやき声がさざ波のように生まれだす。
「……ふぅ…レグルス第一王子殿下におかれましてはご機嫌麗しゅう…レッドフォード侯爵家が次男テオドールでございます…」
「同じく三男アリエスでございます。本日はこのような晴れやかな会にお招きいただき、誠に光栄に存じます」
「堅苦しい挨拶はもういい。アリエス、最近は昼食会への参加を見合わせているようだがもう顔をだしてはもらえないのかな?」
「すみません。そのいろいろとありまして」
「アルタイルもタウルスも反省している。先日も口をきいてはいなかったじゃないか。そろそろ許してやってはどうだ。今日は彼らも来ているよ。良ければ私が仲介しよう」
「そうですね。それではお願い…え?お兄様?お兄様何処へー⁉」
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「はぁはぁはぁ…ここまでくれば大丈夫…かな?」
僕は全速力でアリエスと王子を撒くと人気のない温室へと身を潜めた。
冗談じゃないよ、学院の話するなら二人でいいじゃん。アリエスだけ招待すればよかったのに!
あんなところで長々と話し込むなんて。みんなこっちを見てたじゃないか。それもなんだか僕を蔑むように。
アルタイルが言ってたこと、僕は忘れてない。
社交界で僕は悪い子供って呼ばれてる。指さしながらヒソヒソしてたのは多分そのことだ。
「ちぇ…」
とは言え、王子とアリエスが並んだ姿はゲームのスチルみたいでちょっとだけ気分が上がった。
走りながら引っ掴んできたお菓子皿をご飯代わりに頬張る。
「う~ん、ぼそぼそするなぁ…口の中の水分が全部持ってかれる…」
水が欲しい。
だけどあっちにはもう行きたくない…だってどうせみんな僕のこと噂してるに決まってる。
「〝ウォーター”」
手の平にのせた水をお行儀悪く口付けて盃みたいに飲む。冷たくて美味しい。
あーあ、あっちにあったフレッシュジュース飲みたかったな…
どれくらいここに居たらお開きになるんだろう…早く帰りたい。
大きな飾り岩のくぼみに腰掛けて休憩する。誰も居ないってすばらしい。スマホがあったらもっと良かったのに。
「はいオレンジジュース。喉乾いたろう?これを飲むと良いよ」
肩越しにかけられた声。聞き覚えの無い、…でも遠い記憶に覚えのある声。
「ひぁっ!王子!何でここに!あ、や、でで、殿下!」
前世の間隔でうっかり王子って言っちゃった。でも今の僕はちゃーんと知ってる。敬称で呼ばないと無礼なんだよ。
「どうしたの?要らないのかい?」
「い、いりません。欲しくない。喉が渇いたら自分で水くらい…」
「ふぅん?自分でねぇ。どうやって?」
え?…何言ってんの?さっき見てたじゃん…
「〝ウォーター”…」
コクリコクリと水を飲む僕をなぜか凝視する王子。
なに?良いじゃん別に。王子様の前で礼儀がなってないって言いたいの?良かった。じゃぁもう二度と呼ばないでね。
「あー、ゴホン。その姿は…他の者の前では見せないで。少し煽情的すぎる…ほら、やっぱりこれを飲んで」
「戦場的?そんなに荒々しかったかな?まぁいいや、ありがとう」
クスって笑って隣に腰掛ける攻略対象者レグルス。
アリエスはどうしたの?置いてきちゃったの?
話すことなんて無いよ。早くどっかいけ。もう、何だろう…。ゲームと同じだ。ニコニコしてるけど…何を考えてるのかさっぱりわからない。
「……あのー…」
「…一度君を見かけたことがあるんだよ。救護院で…お年寄りたちと楽しそうに話してたね。君は冒険者になりたいの?」
「いつ見られてたの⁉ えー、びっくり!あー、うん。そ、そう。冒険者になるの。なるんです。家を出て。そうしたら貴族じゃなくなるから殿下と話すのもこれが最初で最後だ…です」
「そうなの?」
「うん。だからアリエスと仲良くね。僕は邪魔なんかしないから、遠慮なく二人でよろしくどうぞ」
「テオ…どうして私がアリエスをよろしくしないといけないのかな?」
えっ?だ、だだ、だってレグルスはアリエスが好きなはずじゃん。『数多の令嬢、令息のように建前で取り繕わぬアリエスは私に警戒心を抱かせぬ。実に好ましい』って言ってたじゃん!ゲームの中で!
ぎゃー!いつの間にか王子の目が座ってる。
怖い…僕何やったのー!!!




