19 ゲームにない場所 三か所目
「まったくレグルス、お前ときたらいつも言い出したら聞かないのだから。…はぁ、少し顔をみたら帰るからな」
「わかったわかった、いつもありがたいと思っているよデルフィ。こうして付き合ってくれて」
テオドールの普段の姿が見たいと強く言えば最後には従兄弟も折れてくれた。
テオドールには何かを感じる。何だろうか…彼に会わねばならないと、何か…強い力を感じるのだ。
どうしても顔を見て謝罪したいと言うアルタイルとタウルス、そして、あれ以来屋敷でもテオドールに面会を拒否されると嘆くアリエスを同行し、その学校とやらへ向かう。
だが戻ってきた先ぶれが言うにはテオドールは救護院に行っているという。
「救護院…なぜそのようなところに?今日、炊き出しの予定は入っていなかったと思ったのだが?」
「いつも通っている孤児院の裏手にある救護院だと言う事です。なので孤児院のついでではないかと思われますが」
「まぁいい。ではそこへ向かってくれ」
孤児院は下町とスラムの境目辺りの場所にある。本来であればそもそも侯爵家の子息が一人フラフラを出向く場所ではないのだが。
「あのテオドールを諫めるものなど居ないんだろう」
アルタイルら二人と違いデルフィヌスはまだテオドールに思うところがあるようだ。
「素行がどうこうではなく、貴族の常識から逸脱しているのが私には許せないんだ。筆頭侯爵家の息子が学校へ通うなど…高位貴族の品格をあいつが一人でおとしているんだぞ」
「お前は頭が固すぎる。もっと柔軟な考えをもったらどうだ。こう考えればいいだろう、テオドールによって貴族社会の悪しき慣習が覆されていくと」
「馬鹿を言うなっ!」
たわいもない話をしているうちに到着した救護院は思ったよりもひどい状態の建物だ。
貴族街にある医療院とは全く違う朽ちた建物。そして据えた匂い…
ここは貧しい者が無料で治療を受けられる救済のための施設だ。
そしてその運営は寄付金によって成り立っているのだがけっして余裕があるとは言えぬのが現状。王室からも予算はまわしているが到底足りる額ではないのだろう。
「うっ!ひどい匂いだ…こんなところに本当に居るのか…」
「殿下、こ、こちらでございます」
私の登場にあわてふためきながらも案内をする院長。人の好さそうな、だが仕事はできなさそうな男だ。
ーで、それからどうなったのー?ー
ーおうよ、俺のダガーでこうバサッとー
ーえー!すっごーい!ー
聞こえてきたのはこの場に似合わぬ鈴を転がしたような声。これがテオドールの声か?
怪我人たちに気を遣わせぬよう隠匿の魔法を全員で覆う。
そうしてそこで見たもの。それは想像もしなかったテオドールの姿だった。
楽しそうに笑いながら年老いた患者の身体を清めていく。
「傷口はねー、流水が一番なんだって言ってたよ。ほら〝ウォーター”、これで良しっと。で、こっちの包帯を〝クリーン”清潔な布で保護するんだって!」
「おお、なんか痛みがひいたな」
「でしょ、ほら、よぼよぼなんだから早く寝なよ」
次のベッドへ移って同じように手当てをしていく。
「〝ウォーター”うーんまだ血がついてる…もういっちょ〝ウォーター”あ、打ち止めになっちゃった。…ま、いっか」
「はははっ、ベッドがずぶ濡れだな」
「もー、乾燥は苦手なのに…〝ドライ”、これでいい?年寄りはほんとうるさいんだから」
そしてまた次の怪我人ヘ向かうといきなりベッドに飛び乗った。
「約束だよ!退院したらちゃんとダンジョン連れていってよ!」
「わかったわかった、テオ坊ちゃんは変わりもんだな、俺たちなんかに教えを乞おうなんざ」
「おじいちゃんでも冒険者にはちがいないでしょ。年寄りの知恵袋っていうの?実戦で色々聞きたいんだよっ!浅い階層でいいからさぁ」
こ、これがテオドール?
「こうして月に数回、孤児院の帰りに患部の清浄を手伝いに来てくださっています。手製の薬もお持ちになられて」
「まさか…」
「ここに来るのは頑固な老齢者、引退した元冒険者が多いのですが随分可愛がられておりましてね」
「嘘だろう…」
「奉仕の女子でさえ嫌がる汚れ仕事もあまり気にされずこなしてらっしゃいますよ」
「お兄様ったらなんてお優しい…天使みたい…」
その時室内には大きな声が響き渡った。それは知らぬものが聞けば罵声にも思えるひどい言葉で…
「もー!くさいっ!くさいよ!加齢臭くさい!ほらさっさと窓開けて!僕が床掃除してあげる、じゃーん、このテオドール様特製モップで!」
「おおー!すごいな坊ちゃん」
「モップダンス、ウエーィ!」
「いいぞ坊ちゃん!」
普通のモップの倍くらい幅のあるモップを得意げに滑らしてくるくると回りながら床をきれいにしていくテオドール。
「クリーンで清掃はしないのか…」
「テオドールお兄様は基礎の基礎みたいな生活魔法しか使えないのです…。大規模なクリーンは少々…。ああ!そうじゃなきゃ一緒に学院生活を送れたのに…悔しい…」
とても喧しく落ち着きなく、だけど躊躇うことなく掃除や手当てを続けるテオドール。
年老いた冒険者たちにおじいちゃんおじいちゃんと懐いて話を強請る。
その美しいブロンドの髪に汚水が跳ねても気にする事無く髪が邪魔だと前髪を結ぶ。
テオドールを悪しざまに言うメイドたちでさえ美しいと口を揃えるその顔で下町の子供の様に大口を開けて笑う。
汚れた貧しい老冒険者に戸惑うことなく肩をもんだり叩いたり、何をしたいのかはわからないがそこに居る誰もが幸せになる空間、その中心にテオドールが居る。
こんな少年には会ったことがない。社交界でも。学院でも。
まばたきすら忘れその場にいた全員がテオドールに釘付けになる。
隠匿をかけておいて良かったと思う。でなければ、揃いも揃ってとんだ間抜け面をさらす事になっただろう。
もはや声も掛けられず私たちはその場を後にした。




