148 若き獅子の旅立ち 10月
出航せまるその僅かな時間。見送りのため港に来た僕をレグルスは甲板に呼び寄せた。
あんまりみんなに見られたくないんだけどな…
悲恋とか何とか…レグルスは恥ずかしくないのかな?僕はこんなに恥ずかしいのに。
ほら、こうして僕とレグルスが話すだけでもうヒソヒソしてる。そしてそのヒソヒソの中身を僕はもう知っている。
いたたまれない…。僕とレグルスは友達同士に戻ったのに。
「ねぇレグルスも知ってるの?あのへんな噂」
「ああ、あながち間違いって訳でも無いけどね。それよりテオドール、もっとこっちにおいで。渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの…」
レグルスの背後にはきれいな布の掛けられた少し大きめの籠がひとつ。
お菓子かな?最近王都に新しく出来たって言うマカロンの店…、でもマカロンが籠一杯って多くないかな。じゃぁ僕が好きだって言ったプルッツェル?なかなか下町にお店出来ないんだよね…。店主が渋ってるとかなんとか。
「さぁいいかい、目を瞑って。両手を出して、そう」
ガリガリガリ
籠をひっかく音?何?生き物?ん?腕の中にフワフワが…、暖かいもふもふが乗せられた!
その布を捲った籠の中にはキャスパリーグが居たのだ!
「ネコちゃんっ!え、キャス…じゃない…、だってキャスは家出る時部屋にいたし…サイズが少し違うっ」
「以前から欲しがっていただろう?それにキャスにだって番は必要だ。種の存続は生物の本能だしね」
キャスのお嫁さん!まだ子猫、いや、子キャスパリーグだ!
ボッチのキャスが可哀そうで何度もお兄様に頼んだのだ。キャスのお友達が欲しいって。
でもキャスパリーグは行くのに三日はかかるラルゴ山の山中にしか居ないし、この一年お兄様は忙しかった。
婚約式に、結婚式に、商会の拡大に、拡大に、拡大に…。トドメが造船。落ち着いたらもう一回頼もうって思ってたんだよね。
「あ、ありがとう…」
「私だと思って可愛がってくれる?」
「も、もちろんだよ…。あっ!レグルス腕に怪我してる!」
「ふふ、その子を捕まえる時に少しね。後で治そうと思ってうっかり忘れていたよ」
レグルスの腕には筋状の傷が何本も残っていた。
血は乾いているけど王子様の腕にこんな傷似合わないよ。って言うか、レグルス今なんて?捕まえる時?
「え…まさかレグルス自分で捕まえてきたの…?捕獲の人に頼んだんじゃなくて…?」
「テオから貰ったあのプレゼントに見合うには…人に獲って来てもらったものをプレゼントするのは違うと思ったんだよ」
お、王子がそんな冒険者やハンターみたいなまね…それに、それにレグルスはそんな事するタイプじゃ…無い…はず…
「あ、あそこは遠いでしょ?いつも忙しいのに…どうやって日程調整したの?」
「先行させた者に転移陣を設置させた。さすがに往復六日はかけられないからね」
「そ、それにキャスパリーグのいるラルゴ山は魔獣がいっぱい出るって…。おじいちゃんに頼んだ時も渋い顔して、もう少し若けりゃなって…」
「それでもだよ、テオ」
「で、でで、でもレグルスは王太子で…、不用意に危険な真似はしないって…そう言ってた…前そう言ってたじゃない…」
「以前の私ならそう考えただろうね。愛玩魔獣を捕らえにわざわざ王太子である私が安全とは言えない場所に自ら出向くなど無駄な事だと…。でも今回は、その無駄をしたいと思った。あの船が君の気持ちなら…私の気持ちを手渡すのに人の手を介したものは渡せない」
「レグルス…」
「君の言う無駄…、案外悪くない。ふふ、そう、無駄も時には良いものだ」
「レグ…」
言葉が出ない…、レグルスがこんな事するなんて。レグルスがこんな…僕の為に?危険なラルゴ山へ?怪我までして?
「なんて顔をするんだい、全く君は…」
「レグルス…」
「手紙を書くよ。私の所在はバラバラだからね。返事はいらないよ」
「…僕にも手紙はいらない」
「テオ…、そんな冷たい事を言わないでくれないか」
「手紙はいらないの!その代わり…帰ってきたら三日間ちょうだい?」
「三日間?」
「レグルスの旅の話を聞くのに…一日じゃ足りないでしょ?手紙なんかいらないから…元気で帰ってきて直接聞かせて…」
「…そうか分かった。約束するよ。さぁ、名残惜しいが出向の時間だ。船を降りて。それからキスを」
「…キス?」
「旅の無事を祈って。いいだろう?」
「……うん」
ーきゃぁぁぁぁ!
ーうぉおおお!
レグルスのサプライズに頭がすっかりぼぅっとなった僕は…、港中から上がった歓声すら、もう何も聞こえなかった…




