144 噂の君
「レグルス、これお兄様に頼んで氷結魔法で作ってもらった冷蔵庫。これで新鮮なお野菜と果物いっぱいいっぱい持って行ってね」
「レイゾウコ…ヒンヤリしている…これはまたすごいな。…でもなぜ?」
「長い船旅って日持ちのする乾物ばかりになるでしょう?ビタミンCが不足すると身体が壊れちゃうからちゃんと摂ってね」
これは昔歴史の授業で習ったからよく覚えてる。僕はその後食後の果物を日課にしたものだ。
「そうか、わかったよ」
「それから…お茶。煎茶。粉粉にした粉茶だからお湯入れて全部飲めるよ。お茶はビタミンC壊れないから…一日一杯必ず飲んでね」
「ありがとう」
「それからドライフルーツとフルーツのジャムと、疲労回復にフルーツビネガーと…冷凍した野菜スムージーと…」
「ストップ、テオ。十分だ。気持ちは受け取ったよ」
「そう?じゃぁ最後ね。これ…僕の作ったマティ。持ってって」
「お守りかい?ふふ、心強いな」
「ねぇテオドール、ひとつだけお願い聞いてくれるかい?」
「いいよ。何?」
「私は一年ほど国交を結べる友好国を探しに世界を渡る。きっと今よりも大きな自分になって帰ってくるつもりだ。だからね、もしその時、まだ君が誰のものでもなく、そして私にも心動かされる人が現れなければ…その時はどんな形でもいい、もう一度、私のことを考えてみてくれるかい?もしもの話だけどね」
「いいよ。もしもだものね。僕にもレグルスにも決まった人が出来なかったら…だよね。わかった。気を付けて行ってきてね」
こうして僕は二か月後に迫るレグルスの出発を友人として見送ることとなったのだ。
正式に王家からの婚約反故を受け入れて。
王家からの反故…つまりこれは本来とても世間体が悪いと言う事だ。
あった話を無かった事にされたんだから。
だけど僕の体面なんて一回どん底まで落ちたこともあるし、何よりこれは神獣様のご意向だから。
そりゃぁね、無理だってば。いつ何時もバスティト様に呼ばれたら駆け付けなきゃならない王太子妃なんてあり得ない。
って言うか、普通に考えて侯爵令息にだってあり得ない事態だと思うんだけど…下僕…それが僕の真なる二つ名。
それでも陛下は神獣の愛し子がこの国に居ることをとても喜んでいるようだ。まぁこれは国の安寧につながることだし当然か。
婚約反故の賠償も兼ねて、ある日とても大きな宝石が王家の名で届けられた。
軽い気持ちでオリヴィアさんにあげるって言ったら…すごく叱られたけどなんで?宝石なんて僕には使い道無いのに。
レグルスの出発は秋のまだ紅葉には早い頃。当然ケフィウスさんは同行者だ。
レグルス不在の間、執務は代わってデルフィが兼務するって言ってたけど…いい機会だから減らせるところは減らすよう、きっちり言っておこうと思う。
そんなわけで今僕はいつになく忙しいのだ。
レグルスに渡す、領事館とか大使館とか、そういうのをまとめた資料を出発までに書き上げなければ。良かった、修学旅行で大使館見学してて。
「テオ君、大きなあくびだね」
「うん、資料作成が大変で…寝不足なの」
「殿下に渡す?」
「そう」
「…テオ君と殿下、引き裂かれた悲恋の恋人同士ってもっぱらの噂だよ。知ってた?」
「えっ?なにそれ?リヒャルト君どこで聞いたの?」
「どこって…王都中で噂だけど…」
知りませんけど、何それー!僕とレグルスが悲恋?引き裂かれた??なんの事?噂って…あのヒソヒソしてたやつー⁉
「僕も聞いたよ。そのうち吟遊詩人が歌にしそう。そりゃみんなが見てる前であんな熱烈なキス、それ以前にあんな見事な船をプレゼントとかただの友人であり得ないでしょ」
あのキスはレグルスが勝手に…それに不意打ちで逃げられなくて…。ああでも、それを言ったらまたルトガー君に「殿下に失礼」って叱られる。
それにあの船は僕のいい加減な思い付きで前代未聞な国交を開く事になったレグルスへの、お詫びの印と門出を祝ったもので…
い、言えない…それだけは…
それにしても…
バスティト様の愛し子となった恋人…僕を諦める為、レグルスは傷心のあまり国を離れるとか。
レグルスの出国を悲しんだ僕が愛しい人の無事を祈って、私財を全て投じてあの船を作ったとか。
僕とレグルスが船の倉庫で涙を堪えて別れを惜しんでたとか…というか、見られてたのか…
え~、みんな夢見過ぎだってば。




