136 気持ちの断捨離
家に帰ったら実に珍しい来客が居た。
「け、ケフィウスさ…」
「テオドール様。今日は今までの非礼を詫びに来たのです」
非礼…。ああ、あの口げんかの事か。
あんなの別にどうでもいいのに。昨日の敵は今日の友。今日の友は明日の敵。って、ダメじゃん!
「あなたに言われるまで、私は自分の気持ちに気づかなかった」
静かなサロンで唐突に語り始めるケフィウスさん。その様子はとても落ち着いている。
「生まれた時から傍付きとしてまだ物心も付かぬ前から私は殿下につき従いました。目の前にいる殿下はいつも高貴に輝き、魔力、分別、才覚、それは歳を重ねるごとに完成されていき、殿下は私の憧れ全てでした…」
生まれた時から…そんなときから超一級品のレグルスだけを一番近くで見てきたなら…そりゃぁ他は何見たってときめかないよね。
「私は己の理想を重ねました。全ての者がひれ伏す孤高の王。それを私は陰から支える…。その未来を思い描くたび私は喜びに震えた、それが殿下を苦しめているとも知らず…」
「え、いや、苦しんではいないと思うけど…?」
「ですが…」
「いやあれは素だって。だって陛下も同じような感じじゃん。ま、まぁ、多少の影響はあったかもしれないけど…。それにレグルスの問題は心だって、この間分かったから」
「心…?」
「レグルスは遊び心の無い自分が嫌みたい。でも性格なんてそうそう変えられないよね?じゃぁ機会があったら馬鹿やるかっていったらやらないよ多分」
「そう…ですか。でしたら少しは安心しました」
そうか。あれ以来ずっと自分を責めていたのか…あの時は僕も言い過ぎちゃったな。
だって悪い子モード発動してたし。…反省…
「テオドール様は私に心のままに生きる事をお望みのようですがそれは無理と言うものです」
「えっ?なっ、なんで…?」
「私の家は子爵家です。そのうえ我が家系は諜報の家系…。表に出ることは出来ません」
「でもそんなのっ!ケフィウスさんの気持ちには蓋をするの?」
「私がそれを望まない。それは私の理想に反する。私は今まで通り陰からお支え出来れば…、それこそが望みなのです」
はじめて会った時のデルフィも同じようなこと言ってたっけ。責務も義務も望んでしている喜びだって。
ああそうか…、そういう立場の人たちにはその立場じゃないと分からない苦労がたくさんあるし、代りにその立場ならではの美学もたくさんあるんだな。
「そっか…、大人だねケフィウスさんは…。僕は子供だから…」
「いいえ。こんな風に自分の気持ちを整理できたことは良かったのです。そうでなければどのみちいつか感情が先走ったかも知れません。これは良い機会でした」
「これからもずっとレグルスと一緒にいるんでしょう?」
「ええ。死ぬまでずっと。彼だけが私の主君ですから」
その笑顔だけが本当に救いだ。彼にも幸運がありますように…
「お兄様、ケフィウス様は帰られましたか?」
「うん、清々しい顔して帰ってったよ。だけど可哀そうだね、絶対結ばれないんだって…、身分とか立場とか」
「…じゃぁ僕のことも可哀そうって思って下さいますか?」
「へっ?」
「立場上、絶対結ばれない哀れなアリエスですよ?」
「だ、誰とかなぁ…?」
キランとアリエスの目が妖しく輝く。何その眼。何でこっち見るの?
あちょっと、え、待った、待って、ア、アリエス…
「可哀そうな弟に慈悲を…」
えー!顔が近、近い近い、んー!
チュ
「ふふ、これで我慢してあげますね」
あ、これ、昔よくされたキスだ。仲直りの証拠とか言って。
アリエスらしいバードキス。なんだか…懐かしいな…
「お兄様、彼の事は心配いりませんよ。清々しい顔をしておいでだったのなら気持ちの整理はついたのでしょう。余計な感情を捨てればこそ気が付く心もある。彼には恋愛の成就よりも殿下の夢を支える事の方が重要なのです。僕もそうです。僕は僕の感情よりもお兄様の幸せが大切なのです」
「アリエス…」
「お兄様はどうなさりたいのですか?これから」
「僕は今みたいに…みんなで居たい。今すごく楽しくて、いろんなこと、もっとみんなでしていたい…」
やっぱりあの長い長いぼっちの時間…本気で平気だったわけじゃないんだ。
だからこうしてみんなとたわいない事、なんの懸念も無く出来ることが嬉しくて仕方ないんだよ…
「十六歳になっちゃったけど…お願いっ!もう少しだけ子供でいさせて?」
ああ…これが余計な感情を捨てたら分かる自分の心か。
「くっ…、まったくもう!本当にお兄様はたちが悪いっ!反則ですよ!その顔は!」




