135 レグルスの出発点 7月
ギルド長選挙の為の票集めが始まった。
アリエスもアルタイルも、毎日忙しく飛び回ってる。
その裏方に感謝しながら、ジローはタイヤの合資商会、そしてそれを使った人力車の組合を確固たるものにするため日々奔走しているんだ。
その成果を抱えて名乗りを上げたギルド長選挙。
他の選出者は30代後半から40代までの油の乗った中年層。そんな中でジローの22歳は若すぎる…。
だけどバックが大物ばかりだからそれなりに票は集まるのだ、アリエスたちの働きが大きいけどね。
そんな日々の中、僕の関心は人力車だ。
「ねぇアリエス、これって運ぶのは人しか駄目なの?」
「どういう意味ですか?」
だって思ったのだ。どうせ運ぶなら荷物も運んだらいいのにって。
この世界の運送は基本個人で行うもの。
そっち方面に行く行商人に頼む事はあるみたいだけど、それは大抵子飼いの商人。だってよっぽど信頼関係出来てないと大事な荷物は任せられないでしょ?
「車夫は教育されたプロになるっていったよね?んで、身許は商会が保証するんでしょ?なら高価なものは無理でもちょっとした物なら頼みたい人居るかもよ?」
「ちょっとした物…ですか?」
「そう。おばあちゃんの誕生日を祝いたいけど店を休めない、とかさ」
「ああ、贈り物だけでも、と」
「他にも良い薬が手にはいったから病床の母親に送りたい、とか」
「なるほど確かに。うーん、良い考えですね。さっそくジローとハインリヒ様に進言してみますね」
そしてある日の事、お兄様に呼ばれたのだ。
横にはナスヴェッター子爵がいる。ヴェーバー伯も。えー?オリヴィアさんのお父さん、モーリィ伯爵までいる!
「テオドールの進言、アリエスから聞いたが実に素晴らしい発案ではないか。それを形にするためにお三方を呼んだのだよ」
「三人…が何で?」
「テオドールの案。あれは実にいい考えだ。ならばそれを街中に限る必要はあるまい。テオドールも言っていただろう?ヴェーバーで獲れるホットフォックスで防寒着を作り、ナスヴェッターのスライムで保冷剤を作り、双方で交易すればいいと」
あー、なんかそれに近い事、お兄様に旅の思い出話すついでに言ったような言って無いような…
「だがナスヴェッターだけでは心もとない。資本力も厳しいだろう」
「面目ございませぬ。我が家はしがない田舎の子爵家なもので。」
「かまわぬ。そのためにモーリィ伯を呼んだのだ。伯爵領なら規模だけは十分だ。そこをこの北東の拠点とし南との交易を始めるつもりだ。この合資商会『ブラックキャット』を仲介として」
「ブラックキャット…何それ?」
「合資商会の名前だ。偉大なるバスティト様のお姿をそのまま名に冠したのだ。これはすべてテオドールの意見が発端であるのだからね」
ブラックキャット…黒い猫…クロネコ…、あっ。
そしてその事業には…なんと!グリーンベル家も出資したって。それを聞いて僕もびっくり!
お兄様は阻止したがっったけど、公爵が「一口かませろ」って、割り込んだのだとか。
「あわわ…い、いいんじゃないかな、すごく良いと思う」
王族公爵家と筆頭侯爵家の大事業。規模がデカすぎてついてけない…
「ですが侯爵、モーリィ伯には荷が重いのではないですかな?いくら弟婿殿が監査についているとは言え、モーリィ伯はその、」
「私は経営には少々疎いのでございます」
「もちろん分かっている。取引は子爵家を中心として行うのだ。モーリィ伯には幾らかの土地を提供してもらうだけ。それに対しては地代を払おう」
「それは…つまり…」
「妻の実家に対する心ばかりの誠意と思ってもらって構わない」
「おお…これはこれは。あてられましたな。ハハハ」
お兄様がオリヴィアさんとこんなに仲良しだったなんて…。これは甥っ子か姪っ子の顔を見るのも遠くないかも?
…って、ちょっと待った!さりげなくモーリィ伯…ディスられた…よね?それも寄ってたかって…
ワクワク
こうして商会が大きくなればなるほど…ギルド長の座は近づいて来る。
そしてその向こう側には…バラ色の…
プルッツェルのお店が待っているのだ。
そのほんの数日後のことだ。
「テオ、テオドール。悪いが今から私の部屋へ来てくれるかい?少し真剣な話があるんだ。」
「真剣な話…?」
いつもの笑顔を張り付けたポーカーフェイス…なのに、今日のレグルスはなんだか怒ってるような気配を感じさせる。
「アリエスには遠慮してもらおう。心配しなくても何もしないさ。話があると言ったろう?」
「王太子としての殿下の振舞いには何も心配しておりませんよ。ですがそのご様子…一体なんのお話ですか?」
「ふっ、レッドフォードの新しい事業に関する話だ」
こうして連れ込まれたレグルスの個室。慣れたはずの部屋なのに今日はなんだか落ち着かない。
「あの…、何か怒ってる?」
「どうして?」
「え、だってそうにしか見えない…」
「ふぅ…。ヴェーバーとナスヴェッターの交易の件…、何故レッドフォードで始めたんだい?あれは…王家でこれから形にしようとしていたのだが…」
あ…あぁーっ⁉
そう言えばレグルスに渡したレポートにも書いたんだっけ!領地間で素材とか農作物とか、あるとこから無いとこへ、情報をどこかでいったんどこかでまとめてお互いに補い合ったらどうかって。
え、どど、どうしよう…。だってだって、王家の動きが遅いのが悪いよねっ!ま、まぁ仕方ないんだけど…、宮廷と一商会じゃぁ小回りのききが違うよね。
ご、誤魔化さなくちゃ…言い訳、なにかうまい言い訳…あっ!そうだっ!
「ちっ、違くて、その、あれはただ領主と領主の…その規模の…、れ、レグルスが指揮をとるのにはちょっと物足りないかな~…なんて」
「物足りない?君は何を言ってるんだい?」
「えと、あのね、やっぱりレグルスが主体で国を挙げてやるならもう領地間とかじゃなくて国と国?そういう規模でっ!…やったらどうかな~…って思…って…」
「何と言った⁉こ、国交を開けというのか!」
「え、ダメ?」
「いや…、しかし今まで我が国は…いや、どの国であっても他国と国交を結んだという前例は…」
「ないから良いんじゃん。先駆者!…なんて…」
この世界は広い。国の一つ一つも大きすぎる。おおきなおおきなアストランティア国の中にも小さな国のような領地がたくさんあって、王様はそれをまとめるので精いっぱいだ。
その事情はどの国も大差なくて、だからこの世界の国々は、個人の行き来はあっても国同士の結びつきはない。
「国同士の交易か…」
あれ?けっこう良い感触なんじゃない?イケルかも!
「あー、ほら、あそことかどうかな?えっと、前に聞いた…途上国エンバスは?」
「あれは駄目だ。あそこは未熟な国。法と秩序が整わぬうちは我が国にとって害悪でしかない」
あー…そうかぁ…、無法地帯ってことね…。えとえと、じゃぁぁ…
「イスーダ…共和国だっけ?なんかちっちゃな国がいくつか合体したっていう…」
「イスラーダ共和国か」
「そうそれ。あそこって確か海に囲まれてるんだよねぇ?この国に海はないし、なら海の幸と山の幸で貿易したらいいんじゃん」
「貿易…」
「今みたいに行商人が時々持って来る少しとかじゃなくてぇ、もっとちゃんと。そっ、そう言えば行商人が持ってくると高いよ!」
ほぼぼったくりだよ!
「適正な価格を決めてよ。それにこの国の産業だって売り先が増えれば良いことだよね。そうだ!道の整備も要るよね?行路を開かなきゃ。雇用が発生するよ。公益事業だね。それから、えと」
「十分だテオ。そこから先は私が考える。」
おお。目の輝きが違う。キラキラ…いや、ギラギラしてる。やっぱりレグルスはこうして仕事してる時が一番輝くんだよねぇ。
「…国交か…。イスラーダと国交…。うん、利は多い。ああ…テオ、この件に関して、…また意見を聞かせてくれるかい?」
「もっちろん!」
なんとか誤魔化せたー!
三年の授業は午後もう無いのかな?足速いなぁ。ダッシュで行っちゃったよ。
海との貿易…海との…。はっ!違う違う、共和国との貿易かぁ…。あそこ確か四国みたいな感じなんだよね。
小さな五つの国が集まって一つの国になってる。それだけじゃなくて海に四方を囲まれてて。
「船…船が要るよね…」
その瞬間、僕の午後の授業も…無い事になったのだった。
「マカー!マカ居るー?」
「何だよ大きな声で!ジロー会頭なら〝ブラックキャット”のほうに行ってていねぇよ」
「マカに用事があるんだって。じろーがマカの発想と工夫はすごいって言ってた。「あいつは地頭が良い」って」
「ジローがそんなことを?ふ、ふっざけんなよ。ばぁ~か。…へへっ。で、何だよ?」
僕は考えた。昔々ジローが作った、僕のあげたラバーシップ改。あれを大きくしらどうだろうって。その為の案を、アイデアを…、マカ様っ!
「せめて何人か乗れてぇ、んでぇ、何キロかの荷物が積めてぇ…」
「ふんふん…」
だって今の船は帆船が中心。だからあんな小さなラバーシップだってあれほど売れに売れたのだ。
動力がゴムっていうのもあれだけど…ま、まぁ魔法で強化した魔ゴムだし…。石炭も蒸気もない今…道のりは遠い…




