13 ゲームにない場所 一か所目
あーあ、さっきはえらい目にあった。
久しぶりに全力ダッシュして疲れちゃった。転生先のこの身体ってばひ弱すぎて取り扱い注意なんだよ。
学校の教室には扉なんかない。
だだっ広い部屋の中央にいくつかの机と椅子が並べられ先生がそこを回りながら読み書きや足し算引き算を教えていく。
当然僕には必要のない授業。だから…僕は部屋の片隅で家から持ってきた本を広げて自主学習だ。
だいたいこうやって本を読むか、時には薬草を広げて修行代わりに安価な民間薬を作ったりして時間をつぶしてる。
え?学校に通う必要あったのかって?
これは予行練習だよ。冒険者になるための。庶民のこととか下町のこととか、分かってないと屋敷を出られないでしょ!
さて、難しい魔法の使えない僕にはポーションのような万能薬は作れない。けど薬草を煎じたり擦り合わせたり、民間薬ならもうとっくにお手のものだ。何故ならハーブの類は前世の家にもいっぱいあって、おばあちゃんが乾かしてよくお茶にしてたから。
それにしても…貴族の…それもかなりエライ貴族の僕にはほとんど誰も近づかない。
その割にはチラチラ横目で見られて…これじゃほとんど芸能人のプライベート状態だよ。
「テオドール君、今日は何をご覧になってるんですか?」
「あ、先生。今日は炎系モンスターの生態分布についての本を少々」
「それは面白そうですね。読み終わったらお借りしても?この間の〝水系魔物の調理法”あれも大変興味深く読ませていただきました」
「二日待っててね。直ぐ読んじゃうから」
先生とはとっくに読書友達である。
先生は前世で言うところの化学オタクみたいな人で、僕に薬草の扱いなんかを教えてくれる貴重な人材だ。
チリンチリン
時間になると先生がベルを鳴らして合図をする。みんなお待ちかね、お昼ご飯の時間だ。
この学校に通っているのは下町やスラムの子供たち。
スラムの子がなんで勉強しに来てるかっていうと、別に学習熱心な訳じゃなく…お昼ご飯が支給されるからである。
固くてぼそぼそした黒いパンとやっぱり固まって乾いたチーズが一かけら。おいしい食事とはとても言えないけど…
それすらスラムでは満足に食べられないからこうして勉強して、代わりにお腹を満たして帰るんだ。
僕は家から持ってきた持ち運びすら困難なでっかいバスケットを従者から受け取るとそこに置く。
ふたを開け、ローストビーフみたいに調理してある魔物肉を高位の貴族らしく上品に一枚二枚口にする。ここまでがすでにお約束。
う~ん、僕の手作りサンドイッチほどじゃないけどまぁまぁだね。
「もうお腹いっぱい。これ以上食べられない。ねぇちょっとそこの君、今日もこれ片付けといてくれる?」
そう言って教室を出ればバスケットにみんなが群がってるのがチラッと見える。
この従者の前で庶民と慣れ合ったり出来ないんだよ。こいつすぐにお母様にチクるから。
お母様なんて怖くないけどごちゃごちゃ言われるのがめんどくさい。学校行きを止められても困るから貴族の流儀とやらに従っている。
裏庭に出て石の机に自分で持ってきた紙袋からお手製のお弁当を出す。教室に残った従者は空になったバスケットを受け取ったら馬車で余暇を過ごすだろう。
ふっふっふ、それよりこれ見てよ、自作のサンドイッチだ。
パンに野菜とローストビーフもどきと挟んでマヨは無かったから塩かけといたんだけど…どうかな?
「……う、うん。思ったより悪くない。イケル」
昼はこーいうんで良いんだよ。バスケットの中のお弁当は豪華すぎて食べる気がしない。見てるだけでお腹いっぱいだ。
学校の始まった最初の日、こんなに要らないと言ったら「貴族たる者、余るほどの料理を少しつまむのが嗜みだ」とシェフがいうので、頭にきてアホほどでっかいバスケットを用意してやったのが事のはじまり。
結局食べられないから教室の子たちにあげたんだけど…なんか喜ばれたのでそれからの恒例になってる僕のお弁当。
実は固焼きクッキーも毎回入れているのだが、好評かどうかはわからない。
「お前またこんなとこで食べてんのかよ」
「お前っていうな馬鹿じろー。どこで食べようと勝手じゃん。ほっといて」
声をかけて来たのは孤児院から来てる子供たちのリーダーでジローっていう十五歳。
名前が日本人ぽいからなんだか嬉しくて、何となく話すようになっちゃったんだよね。
「どれどれ…お前…こんなまっずい飯食うんならあの籠の飯食えよ」
「まずくない!ちょっと味薄いけどヘルシーじゃん。健康に良さそうだし…ブツブツ…」
「パンべちょべちょじゃねーか。ま、いいや。一切れちょーだい」
「まずいって言ったくせに。ほらっ」
「なぁテオ、お前ホントに冒険者になりてーの?」モグモグ
「ほんとだし本気だけど?」モグモグ
「なら俺が一緒にパーティー組んでやるよ。お前ひとりじゃすぐやられそうだしな」
「えっマジ?やった!ほんとに?あとからやめたっての無しだからね。やったぁ!」
がっちり握手!
良い顔で笑ってるからからかってる訳じゃないんだろう。
ラッキー!一人ではちょっと無理かなって思ってたんだよね。どうしようかって思ってたけど。
この日僕に強力な相棒(予定)が出来た!




