130 初めての外食
すっかりお馴染みになったエジプシアンダンジョン。
今ではレッドフォードの許可無くしては立ち入れないようになっている。
ならもうダンジョンじゃないじゃん…ただの魔蟲の多い神殿だよ。
そんな心のツッコミは、到着したアリエスの興奮した声にかき消された。
「あれは良いですね、人力車…とても良いです。解放感があって景色が見られて」
「ああ、だが日差しが強いな。日除けがあればもっといい」
「そうか。他に気付いたことはあるか?」
「ハインリヒ、日除けをつけるならあのマンティーの皮はどうだ。雨避けにもなり丁度いい。」
「でしたらキャタピラーの防水布になさっては?マンティーの皮は見た目が少々…」
「なら両方だ!マンティーの日除けは庶民向けでキャタピラーの防水布は貴族向け、これでどうだ!…でしょうか?」
なにこのハブられ感…
「もうっ!早く行くよ!バスティト様が待ってるよっ!」
気を取り直してここはバスティト様の供物台。
今日はいつもより真剣に手を合わせてみる。
「この間は助けてくれてありがとう。これはお礼の〝ちぐら”と…ちくわです。お魚のすり身で作って来たの。いっぱい食べてね。食べ過ぎてお腹痛くなったらこっちのクッキー食べてね。薬草入りだから」
おおっ!すごい食いつき!サンドキャット、略してサンディたちもやって来て、ちくわを一本残らず食べ尽くしていく。
「お兄様、バスティト様は薬草がお嫌いなようです。次はいつものバタークッキーにせよ、と、おっしゃっています」
「はいはい」
ちぐらもすごく気に入ってもらえて僕の方こそ大満足だ。
「いつかここにもでっかいキャットタワーを一本立ててあげたいな」
ぽつりと言ったら、それを聞いていたお兄様とジローはほとんど同時にうなずいていた。
そして悪夢のキャタピラーゾーン…。僕はもう…絶対巻物にはならないからねっ!
「氷よ、全てを凍らせ静寂を呼び起こせ『氷結!』…さあ、今のうちに運び出すといい」
「ハインツ様、王都で飼われるおつもりですか?羽化したらどうなさるのです?」
「対策なら考えてある。テオドールが言ったのだ。何故羽化した魔蝶はダンジョンの中には居ないのか、と。私はそれを羽化直後にダンジョンから出ていってしまうせいだと思っていた」
そういえばそんなこと言ったっけ。
「それなら飛び立つ直前の魔蝶も居ないのはおかしいんじゃないか?」
「その通りだデルフィヌス。つまり魔蝶は羽化前にここを出る。おそらくはここの暗さか気温…」
「そうか、どちらかが苦手と言うことなんだな。」
だめだ…今日の僕には出番はない…、無念。
その翌週、学院がお休みの日。アリエス達はみんな揃ってジローの工場へ行ってしまった。それこそお兄様まで。
いつもなら僕も行くとこだけど、今日は出来ない事情がある。何故ならば…
「テオ、ハウス栽培の教えを請いに来たよ」
「いらっしゃいレグルス」
「今日は夜まで時間があるんだ。王都の静かなレストランを貸し切りにしておいたから食事を共にしよう」
「レストランかぁ…」
この世界に転生してから外食をしたことは一度もない。
テイクアウトはジローの所で何度もしたけど、あれは料理が屋台飯だし、そういうのとは違うんだよね?
僕も初めて知ったけど、この国の外食は上か下かの2種類しかない。
ひとつはジローと何度も利用した庶民が好む屋台飯。テイクアウトが多いけど、オープンな状態で飲んだり食べたりしてる人もたくさん居る。
僕は馬車の窓から見ただけだけど。こうみえて侯爵令息だしね。
それからたった今聞いたばかりの貴族専用レストラン。
貴族も貴族、王公侯爵貴族しか使えないんだって…こわ…
ここは王家の直轄だからいろんな料理が味わえるって、レグルスは教えてくれる。
ギルドがうるさいから普通はお店でいろんな料理を一度には出せないらしい。調理法ごとに許可が要るんだって。なんてめんどくさい。
そういえばよく思い出したら屋台料理は焼き物しかなかったっけ。
僕は少しだけワクワクした。
珍しく真顔の僕が居るのはうちの小サロンだ。そこでは現在非常にまじめな勉強会が開催されている。
「そうか…。このハウスがあれば天災や害獣の被害はかなり減らせるな…」
「それだけじゃないよ。ちゃんと温度管理したら春野菜を冬に作ることだって出来るし、収穫期間を延ばすことだって出来るって言って、ンン、思うよ」
「テオドール様、いちハウス、いち食物でしょうか?」
「育成条件が合えば別に…でもそうしといて毎年ハウス単位でローテーションしたほうが良いかもね」
「ろーてーしょん…、ああ、入れ替えですか?」
「そうそう」
僕の農業知識は田舎のおじいちゃん仕込み。自信満々だよ!
婚約解消以来のレグルス訪問が僕は気まずいと思っていた。そのわりに余裕なのはオリヴィアさんがそこに同席しているからだ。
「ハインリヒ様に頼まれましたの。目を離すなですって」
心強い!
オリヴィアさんはわりと腐女子思考だ。自分でそれを認めるのはちょっと辛いが仕方ない。僕とアリエスはどちらもオリヴィアさんの推しキャラなのだ。
と言うことは、これほど強い味方はいない。僕に危険が迫った時、彼女は何を置いても助けてくれるに違いない。
静かに編み物をしながらただそこに座っている。それを見てレグルスは苦笑いだ。
僕にも最近分かって来た。きっと今夜ここでの会話はすべて筒抜けになるんだろうな、お兄様に…
「何見てるのレグルス…?」
二人きりの馬車…ではない、ケフィススさんとウォルター含め四人も乗った馬車の中で、レグルスは僕をじっと見てくる。
「君の言う恋愛とやらを考えていたんだよ。君の言う事は難しいね」
「ちっとも難しくない、簡単な事だよ。ときめき!そうときめきが大事なの。一緒に居て胸が締め付けられたりドキドキしたり…その、レグルスにだってドキドキした事はあったよ?でも取捨選択ってものがあってね…モゴモゴ」
「感情的になるのは良くない事だと教えられてきてね。よく分からないんだそういうのは。だけど君を見てるときは一番感情が揺り動かされる。そういう事じゃないのかい?」
「それってときめきかなぁ…?」
「言語化できない感情か…不合理だね」
「不合理!」
「君を欲しいと思う感情は愛ではないのかな」
「なんか違う気がする」イラ
レグルスはなんて物分かりが悪いんだろう。これで本当に賢いんだろうか。僕の思う賢さとは賢さのベクトルが違うようだ。
「僕が崖から落ちてこの世からバイバイしたとしてもレグルスは国益のためって言われたら別の人と結婚するでしょ?心にぽっかり穴が開いたりしないでしょ?」
「穴…喪失感の事を言っているのかい?君を失ったら…考えたくもないが、そうだな、きっとそれはとても辛く…悲嘆に暮れるだろう。だが悲しみの中で生きていくわけにはいかないからね。傷はいつか癒える」
「はぁ?」イラ
イライラがマックスになった時、ちょうど馬車が目的地についたみたいだ。良かった。不毛な言い争いはもうしたくない。
「癒えない傷も世の中にはあるよ。悲しみの中で生きていたくないならちゃんと心で考えないと。頭や規則や立場じゃなくてね」
「心で…」
僕の言葉を噛みしめたのは…レグルスの他にも居たようだった。




