12 走る悪役令息 そしてモブは見た
アリエスの御者がため息をついている。どうしたって言うんだろう?
「何困った顔してんの?」
「いえ、アリエス様が馬車に忘れ物を。届けようか届けまいか悩んでおりました」
手にしているのは魔法の杖。えっ、これ授業で使うんじゃないの?悩んでないで届けてやればいいのに。
「学校行く途中で届けといてあげる」
僕はお使いを頼まれることにした。だって…
行く気はない。通う気はないんだよ、本当に。
けど一度は見て見たかったゲームの舞台。
僕は十六になったら冒険者になって家を出る予定だから、ここを見学できる機会なんてこれを逃したらもう無いかも知れない。
杖は誰かに渡せばいいよね。攻略者たちに会わないようにそぉっと見学してさっさと帰ろう。
ハインリヒお兄様が用意してくれたのは家紋をはためかせた豪華な馬車だ。さすがに筆頭侯爵家の馬車。なんの問題もなく学院内に通されるとそのまま今度は顔パス状態で応接室へ通される。
「こ、これはレッドフォード侯爵家のテオドール様。今日は一体どのようなご用件で?」
「これアリエスの忘れ物。授業で使うんでしょ?渡しておいてくれる?用はそれだけだよ」
多分これ主任先生みたいな人。すごくかしこまってるけどお構いなく~。すぐに帰りますから~。
ちょっとだけ見学したらね。
さっさと部屋を出るとしばしキョロキョロ…
すっごい…ほんとに【みら学】の舞台だ…あっ、あの窓見たことある!あっ、あれも!
もっと見たい!…けどこのままじゃ目立つよね…だって僕私服だし…
目に入ったのは椅子の背にひっかけられた学院の制服。ジャケットさえ羽織っちゃえば下はそんなに変わらない。
「す、すいませ~ん、お借りしまぁ~す」
興奮が止まらない。音楽室!音楽室は?ここでアルタイルがピアノ弾いてたんだ!
化学室!デルフィとのポーションイベントの化学室!
ひゃぁ~!この階段で王子とぶつかって尻もちついちゃうんだよね!
ウロウロ…キョロキョロ…
楽しい!すごく楽しい!スチルで見てた場面そのまんまだ!
すれ違う学院生が何人も驚いたような顔で二度見してくるけど気にしない。
「お兄様!テオドールお兄様⁉」
「ひぇ!」
アリエスとあれは…アルタイル!ぎょー!攻略対象者じゃん!やっばい!
慌ててばたばたと行儀悪く廊下を走り去る僕。貴族は走らない?関係ないねっ!僕の中身は日本の高校生(仮)だから!
どんっ
「あっ、ごめんね!今急いでるから許して!」
誰かにぶつかったからと言って走るのをやめるわけにはいかない。
だって今もアリエスとアルタイルは追いかけてくる!
ちょ、なんで追っかけてくんの?アルタイルってば冗談みたいに足速い!
「お兄様っ」
「待て!」
バタンッ!
間一髪!
「出してっ!急いで早く!出してー!」
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土煙をあげて侯爵家の豪勢な馬車が走り去る。私を含めた学院生は騒然としたまま収集がつかないでいる。
「…あいつ…俺の上着を持ってった。くそっ!なんて奴だ!」
上着を奪われた格好となったアルタイル様が一言文句を吐き捨てる。
いきなり現れていきなり去っていった台風のような侯爵家のテオドール。あれが…あれが噂のテオドール…
「悪いがアリエス、俺の上着を返してもらってくれないか」
「わかりました。…あのすみません、お兄様に代わってお詫びします」
「やめてくれ。お前に謝られても仕方ない」
その時騒動を聞きつけて生徒会会長でもある第一王子殿下までもが現れた。
直接対面しなかったのは不幸中の幸いなのか。お互いにとって。
「上着?何だったんだい今のは?」
「レグルス殿下。いえその、レッドフォードのテオドールが俺の上着を…」
「はいこれ。アリエス、君の忘れ物だよ。彼が届けてくれたみたいだね」
「えっ?お、お兄様が!お兄様…あぁ…僕の為に…」
可憐にほほ笑むアリエス様にレグルス殿下は眉を下げる。
それを見ているアルタイル様はため息をついて肩を上げる。
それにしてもまさか…とてもじゃないが信じられない。
…ただただ忘れ物を届けに来たっていうんじゃないだろうな?あの悪名高き侯爵令息テオドールが!




