114 ケンカの顛末
殿下の侍従たる私としたことが…
ここ最近の心痛が思わず口をついて出てしまった。
あの麗しのテオドールはこの婚姻に乗り気ではない。それはもう始まりから。
いくら殿下がそれをお望みとは言え、乗り気でないならさっさと断ればいい。
今さらテオドールの評判に多少の傷が付いたところで、それで動じるようなレッドフォード家ではないだろうに。
「見ただろうケフィウス、テオのあの姿を。誰もが萎縮するお前の物言いにも毅然とした態度をくずさず、それどころかお前の言葉の本質をついてみせた」
「本質などと…」
「違うと?」
「…」
『レグルスはケフィウスさんの理想の王子だからその相手が僕じゃ嫌なんだよ!』
『僕の事をケフィウスさんの理想から外れてて嫌だと思うなら、僕じゃなくレグルスにそう言えばいい!』
そうだ。私にはゆるぎない理想がある。この国を背負って立つレグルス殿下に相応しき伴侶への理想が。
「認めてはどうだ?あれだけの気概があればむしろ王太子妃にうってつけだと思わないか。」
「承服しかねます…」
「何がそれほど嫌なのだい?珍しいな、お前がそれほど頑なになるのは」
それでも殿下は尚も言いつのる。彼こそが自分の伴侶なのだと。
私にだってわかっている。あれはただの憂さ晴らしだ。テオドールの言う通り私のこの鬱屈した想い、これは私と殿下の問題なのだ。
「私は…、そもそも私は初めから嫌だったのです。殿下を誰かと秤にかける者など。殿下に選ばれること…誰もがそれを夢にまで見ると言うのに…彼は…」
「ふふ、初対面から逃げ回っていたね。」
あの時には分からなかった。彼がここまで頑なだとは。そして殿下がここまで夢中になるとは。
殿下が夢中になればなるほど、私の中で一つの不安が育っていく。
「笑い事ではありませんよ。テオドール様は何がご不満なんでしょうね」
彼は神のギフトと称えられ美貌を持ち、神童と呼ばれる知の宝庫で、今度は神獣バスティトの愛し子だ。一体神はどれほど彼に恩恵を与えるのか。
「だからこそ彼は殿下に対して敬意を抱かない」
「そんなことは無いと思うのだけどね」
「陰から殿下をお支えするなど…どう考えても無理ではありませんか」
「陰から…、そうか、ケフィウスお前は母上のようなお方が理想なのだな。決して出しゃばらず陛下の影となってお支えする。確かに母上は理想的な王妃であるが…」
「レグルス殿下。貴方は百獣の王、いずれこの国の頂点に立つお方です。貴方の伴侶はその下に立つべきで横にあってはいけないのです」
そうだ。私は常にそう思ってきた。アストランティア王国、その頂に立つ王家は唯一にして至高の存在。たとえ神童テオドールといえど並び立ってはいけないのだと。
「なるほど…。ハインツの言う事にも一理あるな。ケフィウス、テオをお前の理想に当てはめるのはやめるんだ。彼はあのままで、あのままがいいのだよ」
「だとしても殿下、どちらにせよあなたには後継が必要なのですよ。その事はどうされるのです。側妃をいくらおいたところで側妃の子は後を継げないというのに。ずっと不安だったのです。テオドール様を娶って、殿下は後継をどうされるのかと」
「ふむ…」
正妃は有力貴族家のご息女の中から品位と殿下への敬意を持った方をお選びになるべきだ。どうしても彼をそばに置きたいのなら彼こそを側妃にすればいい。
それはなにもおかしな話では無く、歴代の王であってもあり得たこと。玉座と愛は分ければよいのだ。
「お前には言っていなかったが…私の後継は第二王子カノプスと決まっているのだよ」
「そっ、それはどういう…」
この国では魔力が一番旺盛になる二十歳頃に王位を継承し、魔力が枯渇していく前王は摂政となるのが習わしだ。王の魔力は国を護る力の礎となるため決められている習わしである。
年の離れたカノプス様は未だ幼い。現王から直接カノプス様に王位を継承させるとしても、彼の二十歳を待っていては国の弱体化は免れない。
「カノプスは王族としては十分な魔力量ではあるが私ほど強くはない。それは陛下もご存じの事だ。だからこそ私が王位にあるうちに様々な問題を解決し、宮廷の綱紀も含めた色々な事を整え、王としての責務を減らしたうえで彼へ全てを引き継ぐ、それがテオドールを伴侶にと望んだ際、両陛下と取り決めた事だ。こういうことはハッキリさせておかないと不要な諍いを生むからね」
「そんなこと…」
ああ…!殿下はそこまでお考えだったと言うのか!それでも…それでも私は!
「認められる訳がない…!」
テオドールを伴侶にするためその王位を捨てるだと…?目の前が眩む。何故殿下はそれほどにまで…
「以前から考えていたことだ。これにテオドールは関係ない。私はねケフィウス、自由に、そう、自由に生きてみたいと思っていたのだよ。もうずいぶん長い間」
自由…確かにそれは王族としてもっとも縁遠い言葉だ。
「だからね、彼を伴侶に得ようと得まいと、私はいずれカノプスに全てを譲りこの国を出て諸国を回る。もう決めたのだ」
「で、ですがそれでは国が…」
「もちろん私の果たすべき役目を全てやり終えた後のことだ。私はもっと広い世界を見たいのだよ。吟遊詩人のように世界中を廻り、そこで得られたものをこの国に持って帰りたいのだ、永い永い先の未来のために」
「殿下…」
「だが、隣に彼が居たなら…全てにおいてこんな心強いことは無い。彼の叡智は国策を助ける。そしていつかその時が来れば…彼ならば王位になどなんの執着もなくともに国を出てくれるだろう」
頭を殴られたような衝撃。私は何も見えていなかったのか…
「いいかいケフィウス。テオドールを娶るから国をでるのではない。国を出るからテオドールを娶りたいのだ。間違えてはいけないよ」
そうだ、確かに彼が居れば殿下の計画は数年単位で縮まるだろう。そして冒険者を夢みた彼ならきっと…
殿下が夢見る旅路、その旅路に必要なのは…
私は自分自身を恥じ入るしかなかった…




