11 アリエスと友人
「アリエス!ここだ!こっちだ!」
「声がでかいタウルス。静かにしろ、予習をしている奴だっているんだ」
「ふふ、こんにちはタウルス様、アルタイル様。この科目は一緒に受けられるんですね」
今日の授業は召喚術だ。俺もタウルスも得意な科目ではないがアリエスが受けると言うので選択したのだ。下心がばれなければいいが。
「タウルス様、この呪文は…そこ少し違います」
「こうか?」
「いえ、難しい紋様ですが…こうすれば分かり易くないですか?」
「そうか、それなら俺にも描けそうだ」
鼻の下を伸ばしっぱなしのタウルス。見ていられないな。
「先日の怪我…どうなりましたか?あの後ちゃんと救護室で見ていただきましたか?」
「あああれか。アリエスがきちんと手当してくれたから問題ない。ほらこの通り」
さっきから教科書を見ないでアリエスの顔ばかり見ている。タウルスお前…勉強する気はあるのか?
「それにしても入学前までは週二日程度の勉強だったんだろう?良くここまで出来るものだ。感心するよ。これほどの才能をもつアリエスならば侯爵家ももっと教師をつけて下されば良いものを…」
「悪童のテオドールは頭だけは良いらしいな。魔法以外の授業をすべてつっぱねたらしいじゃないか」
「それは誰に聞いたのですか?」
「家に出入りのデザイナーにだ。採寸の合間の暇つぶしに色々話してくれたよ。お前の不遇もテオドールの我儘も。ああ…、学院を卒業さえすれば俺がお前を守ってやれるのに」
タウルスの話を聞いていたアリエスの顔つきがどんどん歪んでいく。
どうしたっていうんだ。俺たちはなにか気に障るような話をしただろうか?
「どこのデザイナーですか…?その紛い物の真珠をはめ込んだカフスのデザイナーですか?」
「紛い物?何のことだ?…ああ、そう、そうだ。そのデザイナーが言っていた。お前の服をしつらえに出向いた際、夜会服の飾りですら自分のお古で十分だと、テオドールが乱暴にドアを開け放して入って来るや否や大声で喚き散らして屋敷から追い出されたと」
「おやめくださいタウルス様!」
いきなり椅子から立ち上がるアリエスの剣幕に俺たちは驚きを隠せない。
「そのデザイナーこそが悪人です。彼は偽物の真珠を新種と偽り僕に売りつけようとしたのです。テオドールお兄様はそれを防いでくれたのですよ?何も知らないくせに何故お兄様の事を悪く言うのです?」
いつものようにアリエスは義兄をかばう。
「だがアリエス、事実テオドールはそのデザイナーを追い出したのだろう?メイドたちの間でも有名な話だ。癇癪持ちのテオドールにある日いきなり屋敷から追い出された者が何人も居ると」
「追い出し…それは…、違います!追い出したのは事実ですがお兄様は僕の為にそうなさったのです」
「事実なんじゃないか」
「庇い立てするのはよすんだアリエス、お前は本物の貴族を知らないからテオドールなんかが良く見えるんだ!」
「……僕は歓楽街の生まれですからね。確かに本物の貴族なんてよくは知りません」
しまったという顔のタウルス。だが一度口を出た言葉はもう取り消せない。
「…もういいです。そんなふうにおっしゃるのでしたらもうお話ししたくありません」
「いや、俺はそんなつもりじゃ…ただ俺はお前を守りたいとその一心で…」
「タウルス様、僕は貴方に守っていただかなくても結構です。貴方が思うほど僕は弱くはありませんので」
一つ礼を落とすと振り返りもせず教室を出ていくアリエス。
彼は最後までテオドールを庇い続けていた。
何故あそこまでテオドールを庇うのか。
レッドフォード家からやってきたメイドたちはどの屋敷でもみな口を揃えてテオドールを非難するらしい。自分勝手に配属をいじり、気分次第で使用人の首を切る我儘子息と。
そんな奴を庇う理由がどこにあるというのか?だがそれはそれとして…
「お前…あれは良くない」
「分かっているさ…ついうっかり」
「世の中には取り返しのつかないことがある。これから言葉は慎重に選ぶのだな」




