109 共闘??
ジローは馬車を持ってない。だから家から迎えの馬車を出した。
そうそう、「アリエスの古い馬車あげたらどう?」って言ったけど、「絶対嫌です!それだけは!」ってすごい顔で拒否られた。おれは今でも離れのオブジェだ。
ジローは今日という日の為に新しい服を仕立ててくれた。黒地に銀糸の大人っぽい服。まるでお兄様の銀髪に合わせたみたいだ。
貴族服と言うより前世のスーツに近いその装いはとても似合ってかっこよかった。
見るたびに伸びて行くジローの背はすでにお兄様といい勝負だ。
隣に座っているジローからは緊張が伝わってくる。てっきり同席できると思ったのに。
「まずは二人きりで話そう。テオドール、呼ぶまであちらの部屋で待っていなさい」
人払いされてしまった…
何話してるんだろう。どれほど耳をあてても何も聞こえてこない。
「テオ、そこには遮音の魔法がかかっている。耳をあてても無駄だ、あきらめろ」
あっさり別室に連れていかれてしまった…
「ハインリヒ様がジローをお招きになるなんて…。ジローのあの狼狽えっぷりときたら、ふふ」
「実に見ものだな。アリーの言った通りだ。見ているだけならこれほど面白いものはない」
アルタイルもアリエスもあれ以来とてもリラックスしている。
今もなんだか二人で笑いながら、アリエスは淹れたてのお茶をアルタイルに手渡している。
「開き直ったんですよ」ってアリエスは言うけど何をだろう?みんなに冷やかされることを諦めたってことだろうか?
「二人ともじろーを見世物にしないでよ!ねぇ、なんでお兄様はじろーを呼んだんだと思う?だってじろーは闇ギルドの事でも役にたったしブラウニング商会だって順調に大きくなってるでしょ?悪い話なんかじゃないよね?」
「どうでしょうね、ハインリヒ様のお考えは…ふぅ…奥が深すぎて分かりかねます。それよりお兄様、ウロウロしないでお座りください。立っていても始まりませんよ」
「そうだけど…落ち着かない…胃がキリキリする…」
「食べすぎじゃありませんか?朝食モリモリ食べてらしたじゃありませんか」
大好きなハインリヒお兄様と大好きなジロー。好きな人同士が上手くやってくれたらこんないいことは無いのに。
お兄様は身分や序列を蔑ろにはしない。見下したりはしないけどキッチリそこは線引きをする。
仲良く…は、難しいだろうか。
「大丈夫ですよ。ハインリヒ様は平民だろうが何だろうが優秀ならば一目置きます。むしろ貴族であっても無能には殊の外厳しい…。ご覧になったでしょう?オリヴィア様のお父上に対するあの無関心さ。アルに丸投げして放置ですよ。全く…」
「そう言うなアリー。援助を出し渋らないだけまだましだ。これもいい経験だと思ってるさ」
「…なんか…ほんとに仲いいよね…」
ゲームの中の朝チュンスチルが脳裏をよぎった…
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「楽にしたまえ、ジロー・ブラウニング」
「はっ、はい」
「下町の孤児からよくここまで成り上がったものだ、テオドールの助力があったとはいえ」
「いいえ。ほとんどは幸運だっただけです。それにテオ、…テオドール様の純粋な期待に応えたいと、それだけ胸に今日まで励んできました」
分かってはいたがとてつももない威圧感だ。
常に高みから見下ろしていた者、その特有のオーラを感じる。纏うのはあの殿下にも共通する高貴なるものの空気。だが羊の皮を被っているぶん殿下のほうが温和に思える。
あくまで一見な。さぁて、どっちが曲者なのやら…
「そうか。そうだな。テオドール…私の大切な弟はとても純粋だ。何も疑わなければ裏を考えることもない。だからこそ私が守ってやらねばならないのだよ」
「俺っ、いえ、私には裏など…」
「わかっているさ。君に裏が無いことぐらい。私の頭にあるのは別の人物だ」
「…私の口からは何も言えません…」
何を言わせたいんだこの人は。不用意に口を滑らせ、俺を不敬罪にでも問うつもりなのか。いや違う。…何かの駒にでもするつもりか。
テオドールの義兄なのは百も承知だが簡単にしてやられるつもりはない。
なんだかんだいったところでアリエスもアルタイルも所詮坊ちゃんだ。あいつらは簡単にやり込められ、婚約などという結果を招いたが…俺はそれほど甘くない。
「穿った見方をするな。単純な話だ。私はその人物にだけはテオドールを渡したく無いのだよ。そのためなら多少の妥協はしよう。お前はなかなかテオドールの役に立つ」
これは…どういう風向きだ?
「話が見えてきませんが…」
「その人物とはたった一人。テオドールを手に入れるのに最も有利な立場に居るその人だ」
「その、どう言えば」
「ふん、仮の婚約などと言うおためごかしでまんまとテオを引き寄せた卑怯者め。テオドールはあれほど避け逃げ回っていたのだ。そうでなければテオが王子殿下に目を向ける事など永遠に無かっただろう」
全く持って同感だ。
テオは王子どころか貴族社会全てを避けていた。
アルタイルたちと和解をし、悪辣な企ては白日の下にさらされ、この半年で随分ましになったとは言え、それでもあのテオが煌びやかな暮らしを望むとはとても思えない。
「…お前には功績を立て爵位を得てもらう。ああ、末端で構わないが騎士爵ではだめだ。平民のままでは都合が悪いのだよ、色々とな。それをどう解釈するかはお前の自由だ。だがそれが最低限だとだけ伝えておく」
「爵位…」
「それまでは舐めた真似をするな。いいか、わきまえもせずテオドールに不埒な真似をしようものなら…この国に居場所はなくなると思え」
「…承知しました…」
思ってもみなかった展開に頭の中がまだ整理付かないでいる。
だがこれだけははっきりしている。排除はされなかった。いやそれどころかむしろ…
妥協だと言った。そりゃそうだ。平民の俺などあたりまえだ。
だが、役に立てと言われた。役に立つ限り側にいてもいいと。あの言葉はそういう意味だ。
爵位を以てして、初めてテオドールの横に立つのが許され…、いやそうじゃない。
爵位を以てして、初めてテオドールの横を夢見ることが許されるのだ。
筆頭侯爵家、その次期侯爵の溺愛する義弟であり神童でもあるテオドール。ああ、そういや最近神獣の加護も追加されたな。なかなかに険しい道だ。
だが希望の光すら見いだせず、連れて逃げようと考えていたあの頃を思えば、こうして目指す場所があるだけどれほどましか。
待ってろテオ!俺は貴族になってみせる!




