108 王子の資質 1月
新学期が始まる前にとレグルスから呼び出しを受けた。
これはきっと例の件。ナスヴェッターのレポートは作成済みだ。
レグルスの部屋にはデルフィとケフィウスさんが居る。安定の三人組。僕は用意してきたお土産を三人分目の前に広げてみせた。
「こっちがどくだみで作ったお茶、こっちはどくだみで作った化粧水、それからこっちがどくだみで作った虫よけスプレー」
「どくだみ…テオ、それはなんだい?」
「ナスヴェッターで発見した万能薬草。お茶は体にいいし化粧水はお肌にいいし…お試しあれー」
クンクンと匂いを嗅ぐケフィウスさん。気持ちはわかるけど失礼な。
「テオ、ナスヴェッターは随分楽しかったようだな。顔を見ればわかる」
「デルフィ!あのね、すごく楽しかった!ラバーケロッグはちょっとアレだったけど、湿原はキレイだし村の人は優しかったしキンダーフィッシュ釣りも楽しかった!氷の上に椅子を置いてねっ、…僕は釣れなかったけど…」
「そうか、良かったな」
眼鏡の奥の視線が優しい。さすが僕が見初めたお兄ちゃん。
「あー、テオドールこちらにおいで」
レグルスが僕を呼び寄せ横に座らせる。ああ、だからソファに座ってたのか。
以前はすぐ膝に乗せたがった距離感のバグったレグルスだけど、デルフィから「いい加減にしろ」と叱られ最近は自重していた。
それ以来この二人で座ったらぎちぎちになる特注ソファが定位置になったんだけど、正直言うとちょっと狭い。おかげでいつもレグルスの腕は背中から腰にまわされている。
「テオドール様、アリエス様とアルタイル殿の婚約が正式に決まったとか。時にテオドール様はどうされるおつもりですか?」
うっ!ケフィウスさんが痛いところをピンポイントで攻めてきた。今の今まで有耶無耶にしてきたのに…
王太子妃になりたくはない。だけど国の偉い人にストレートに逆らっても本当に良いものだろうか?
あの日レグルスは仮って言った。だから十六歳の誕生日に冒険者登録をしたらなかったことにしようって、子供な僕は単純にそう考えてた。
冒険者は論外として、婚約解消に関してはお兄様もお父様も構わないってそう言った。だけどお母様の考えは少し違う。
しがらみの消えたお母様とは本音で色々語り合った。そこでわかったこと。お母様はお兄様との結婚に本心では反対だったみたい。
だってお母様にとって大切なのはレッドフォード家、お兄様を守ること。わざわざ外面の悪い兄弟間の結婚を、よりにもよって嫡男のお兄様が、なんて、お父様の意向でも無ければ選択肢にすらなかったんだろう。
「王太子殿下との結婚はあなたにとって何一つ不利益にはならないわ。よく考えなさい」
そう言われた。
「じきに成人となるのですから大人としての判断をなさい」
そうにっこり笑って念を押すお母様の目は、微笑んでるのにちっとも笑ってなかった。
あの断罪から始まった大家族会議の後、レッドフォード家はみんながみんな、家族関係の修復に努めてきた。
お母様たちは領地で今イチャイチャして過ごしてるし、お兄様とアリエスも僕をワンクッションにして普通の兄弟らしくあろうと努めている。
だからこそ僕も今まで以上に弟らしく兄らしく、二人の仲を取り持つために、家族のぬくもりを取り戻すために、めんどくさいけどひたすらスキンシップに励んでいる。
レッドフォード家は今なお繊細な時期だ。
それなのにもし王家のご機嫌を損ねて家に迷惑をかけてしまったら?
レッドフォードは王家を支える誉れある家門。その家門に泥を塗ってしまったら?
お母様はきっとがっかりする…。そのあげく見捨てられたらどうしよう…
だってお母様のお腹にはお父様との間に出来た待望の赤ちゃんがいる。
僕はその時今さらながらにテオドールの気持ちが分かった気がしたのだ。
だって僕は不本意な友情と愛情の、お母様にとっては複雑な感情の集合体。今度産まれてくる四男とは立場が違う…
だけどお兄様は僕がどんな選択をしようがきっと許してくれる。お兄様はいつだってテオの味方。僕の味方。だから…余計に迷惑かけたくないって、そう思う…
ああっ!めんどくさい案件に安易に足を突っ込んでしまった。
「良いんだよテオドール、そんな難しい顔をしないで。まだ時間はある。そうだろう?そうだ、冒険者はもう諦めたのかい?ああ、だけどエジプシアンダンジョンは君のものか」
「冒険者…に、ならなくても未知の世界には飛び込んでいけるってわかった。だからそれはいいの」
「そう。それでテオはどんな未知に飛び込むんだい?」
僕の飛び込む未知…。それは前世だったら絶対に思わなかった事だ。
スラムを失くしたい。親の無い子を減らしたい。貧しさで子供を食い物にする大人が減るよう、ちゃんと何かを整えたい。
そのためにどうすればいいか僕にはまだ良くわかってないけど、ジローが、アリエスが、アルタイルが一緒に考えてくれるし、お兄様はきっと応援してくれる。
そんなことをつたない言葉で、だけど必死に伝えたらレグルスは頭を撫でながら褒めてくれた。
「そうか、それは立派な心掛けだね。ああ、そういえば奴隷芋、何名かの囚人で試してテオの言うお通り下処理が十分なら大丈夫だと確信が持てたよ。保存の方法もとても助かった。まさか魔リンゴが役に立つとは…」
「じゃぁ孤児院で作って良い?」
「それもいいが、もっと大きい農場で大掛かりに作っていくのはどう思う?」
「大掛かり…?」
「そう。少しばかりの芋を作ったところでしばらくの腹が膨れるだけだ。まぁ、それはそれで日々の助けとすればいいが、…それよりもっと大々的に栽培地を広げ備蓄を増やし、各地の状況を把握できるように整え、計画的に配分すればより大勢の役に立つんじゃないかな?」
「ふわ!」
レグルスは僕と違って見ている規模がおっきいんだろう。
僕の見てるのは僕の周りで、お父様が見てるのは…いくら国を支える古き家門とはいえ一番に考えるのは自領の統治。
そしてレグルスの見据えるのは国の行く末。
「レグルスはいつもすごいね。僕ついてけないかも…。あの…これ…ナスヴェッターのレポート。まとめてきた。三月になったら南西部のヴェーバー領にも行くからまたレポート提出するね。僕はそんなことしか出来ないよ…」
「十分だよテオ。国のことは私が考え私が動く。テオは時々こうしてその叡智に満ちた意見を聞かせてくれるだけでいい」
「時々…?」
「そうだ。君にはいつまでも変わらず無邪気なままでこうして傍に居て欲しいのだよ。動くのは私の役目だ。そして、疲れて帰ってきた私をこうして癒すことこそが…君の役目だ、テオドール」
相変わらず頭を撫でながらイイ感じに言ってるけど…
その言葉にはなんか…なんか…胸の奥がもやもやした。




