107 ジローの深読み
翌朝は身体が痛くてお屋敷の庭以上には出られなかった…
お兄様と三曲、ルトガー君と一曲、それだけしか踊ってないのになんてやわな身体なんだ、ふがいない…
午前いっぱい、アルタイルは子爵との契約に忙しく過ごし、アリエスはルトガー君に頼まれ駆除の手伝いをして過ごしていた。
午後になり身体の動くようになった僕を、案内から戻ったルトガー君が裏山の池まで案内してくれる。そこには虹色のフナみたいな魚や小さくて細長い魚、キンダーフィッシュがすいすいと泳いでいた。
「あと一週間もすれば気温が下がって分厚い氷が張るんだ。そうしたら小さな穴をあけて氷上釣りが出来たのにね。残念だよ」
お兄様は以心伝心だと言った。ならば…ただ黙ってじっと目を見れば…
「分かったよテオドール。だが気を付けて遊ぶのだよ」
お兄様の氷魔法で池は瞬時に氷になった。
ルトガー君ちの使用人さんは驚きながらも笑って椅子やら釣り竿やらを運び入れてくれる。
まあるい穴に糸を垂らして…ああ、こんなのテレビで見たことある。
後から合流したアリエスとアルも興味深げに参加して…キンダーフィッシュ釣り大会だ!
…まさか僕だけ釣れないなんて思ってもみなかったけどね…
気にしてないよ。ホントに気になんかしてないからねっ!
そして次の日。
「ああ…」
「お兄様。きっとまた来れますよ」
「そうかなぁ…」
あっという間に王都へと戻る日が来てしまった。
ルトガー君はギリギリまでのんびりして乗合馬車を乗り継いで戻ってくるんだって。
お兄様と子爵の話し合いにより、繁殖時の駆除はレッドフォードかブラウニング商会で請け負う事が正式に決まっていた。
子爵は駆除代が浮くだけでも儲けものだと言ったけど、立派な貴族のお兄様はちゃんと買い取ることにしたようだった。
それでも今までより格段に仕入れが安くなるだろうとお兄様は話していらしたし、それはジローが一番喜ぶことだろう。全方位にウィンウィンだ。
こうして僕たちは楽しかったナスヴェッターを後にしたのだった。
明日は王都に着くという最後の宿泊地、ベック侯爵領でのお泊り。
行きにも泊まったここの領主はお父様と懇意なんだって。そんな訳でお兄様は侯爵に呼ばれお酒のお付き合いに行ってしまった。
けどそれこそ願ったりだ。僕は三日前から気になっていた例の話を二人に聞くことにした。
「ねぇ」
「なんでしょうお兄様」
「遅くなったけど婚約おめでとう。何にも聞いてなかったからびっくりしちゃった。でも二人ほんとに仲いいもんね。お似合いだなーって前から思ってたんだ」
前と言うか前世ね。それもゲームの話ね。
「テオ…お前はなんてひどい奴だ…」
「え?」
「傷をえぐるのはやめてくれ…。ああ分かった…、もしやこのために俺を振っておいてくれたのか?おかげで傷が浅くて済んだ。…はは…ありがとうテオ…」
「しっかりなさいアル!それにしてもお兄様ったらえぐるどころか塩まで擦りこんで…、まったくいつからそんな小悪魔になったのですか…」
遠い目をしてアルタイルがつぶやく。
…なんでかな?また無意識に悪役度を上げてしまった…。モブへの道は思ったよりも遠い…
そして次の日、ようやく王都に戻って来て家族旅行は終わりを告げた。
「早く早く!日が暮れちゃう!遅くなったらお兄様はもう外出させてくれないんだから。急いでウォルター!」
長旅に疲れているアリエスをおいて、侍従のウォルターを連れ大慌てで向かったのはジローの店。
だってクリスマスはとうに終わってる!一日も早くサンタが行かなくちゃ!
孤児院と学校には当日配るようウォルターに頼んであった。だけどジローの店の子だけは自分で配るって決めてたんだから!
「テオ、もう帰ってたのか」
「じろー!聞いてよじろー!ナスヴェッターはラバーケロッグがぎゅうぎゅうでっ!それでスライムがスライムでっ!」
「テオ落ち着け、何言ってんだかわかんねぇよ。ははっ、また今度ゆっくり聞いてやる。それより早く工場に行ってこい。日が暮れたらまずいんだろう?」
「あっそうだ!行ってくる!」
守衛のゼッドじいちゃんに包みを渡してると、目ざとい子供たちはあっという間に包囲網を完成させる。
「はいこれ、みんな一つずつね。ほらマカにも」
先月くらいからずっとコツコツ編んでいた渾身の作。
「なんだこれ?筒?」
「靴下!」
「こっちの筒は?」
「ミトン!」
「筒が二つか…」
「靴下とミトンだってば!」
マカってば視力悪いのかな?
「なぁあれ、あの辛いクッキー今日は無いのかよ?」
「あっ、そのごめんね?今日帰ってきたばっかりだから作れなかったの…今度っ!今度来るときは食べきれないくらい…」
「おいマカ!テオを困らせんじゃねぇ。こいつはこう見えてけっこう忙しいんだ。勉強も、調薬も、…王子様の手伝いもな…」
「忙しいならなんでしょっちゅう来るんだよ。あっ、ジロー会頭に会いに来てんのか」
「!」
「!」
「ば、ばっかっ!何言ってんのっ!」
「へぇ?そうなのかテオ?」
「あわわ…ち、ちが、その、違うってば!」
「テオドール様、これを」
慌てふためく僕をフォローするかのように後ろからウォルターが何かを差し出す。
何かと思えばそれは招待状。お兄様からジローへの招待状だ。
「…まじかよ…。なんかすげー緊張するな。殿下に初めてあった時より背筋が震えるぜ…」
「じろーが我が家に…」
「返事書いてくるから待ってろ」
おおっ!ジローは正式にちゃんと返事を渡すみたいだ。僕に言付けたってかまわなかったのに。
しばらく待つと封をした手紙を持ってジローが二階から降りてきた。
平民のジローは紋章を持たない。この封蝋はブラウニング商会のものだ。BとGをきれいにもじった…ロゴマークってやつ?
こう見えてジローの文字はわりときれいだ。
「文字覚えといて良かったぜ。」そう言いながらその手紙はウォルターに手渡された。
「テオドール様、お時間です」
無情にも告げられる帰宅時間…。ちぇ。
「すぐ行くから先行ってて!」
ウォルターが出ていくと、何かを察したレジを任せてる孤児のドリーもマカを無理やり引っ張って店外へと出て行った。今この部屋には僕とジローの二人だけだ。
「はいこれ。じろーの分」
マジックバックから取り出した僕の最高傑作の…あれ?なんか反応がおかしいな。
「……鎧か?」
「ちっ、違うっ!ベスト!チョッキ!ジレ!もうっ、もうっ、じろーのバカ!」
せっかく編んだのに!すごく大変だったのに!徹夜して編んだのに!
「悪い…照れ隠しだ。マジかよ、参った…あいや、すげ、すごく嬉しい…」
ぎゅむっとされてなんだか顔がぽかぽかしてくる。それどころか心臓がなんか…
「じ、じろ…も、行くね。ちょっと本調子じゃないみたい…。長旅の疲れかな…?」
「ああ…ゆっくり休めよ。そうだテオ」
チュッ
ひょーーーっ!ナチュラルにキスされたんだけどーー!
大人だ…ジローが大人になっている…。初めて会ったときは悪ガキみたいだったジローがいつの間に…
いやマテ、まだ焦る時間じゃない…。だってこんな触れるだけのキスくらい、挨拶代わりにみんなやってる。
アリエスもお兄様も、レグルスだって!みんな挨拶だって言ったじゃないかっ!ただ!
ただジローがするから驚いただけで…
その後、屋敷まではどうやって帰ったか覚えていない。いや馬車で帰ったんだけどね。
なんとか自分を立て直してアリエスにもプレゼントを持っていく。
その箱の中身を見て、アリエスはあきれたようにため息をついた。
「お兄様、これ…ジローとアルタイルも同じものですか?」
「え…な、なんで…?」
なんとなく不穏な空気を感じて寸でのところで言いよどむ。
だけどそんなのアリエスはお見通しで、もう一つため息をついてさらに続けたのだ。
「家族以外に胴着を送る意味をご存じですか?〝脱がせたい”そういう意味ですよ」
今度どんな顔してジローに会おう…




