106 お兄様の真骨頂
「レッドフォード次期侯爵、ハインリヒ様にご挨拶を。春の婚儀を待たずここでお会いできるとはなんという幸い…。私はモーリィ家当主マンフレート。此度は我が娘を見初めていただき心から感謝を申し上げたい。我が家の窮状を知り、すぐにお助け頂いたことに領民含め、一同感謝をしておりますぞ」
オリヴィア様のお父上、モーリィ伯爵がハインリヒ様の眼前に進み出る。
とても凡庸な、良くも悪くも癖のない典型的な田舎貴族。悪意も欲も無いだけましといったところか。
「感謝をするなら我が弟にするのだな。引き会わせてくれたのはテオドールだ。ご息女を先に気に入ったのも弟なのだよ。今回は女主人の予行練習として邸の差配を任せてきた。同行できず残念だったが春の婚儀を楽しみにしてくれ。ああテオドールこちらへ。紹介しよう、オリヴィアのお父上、モーリィ伯だ。モーリィ伯、見知り置いてくれ、私のテオドールだ」
ちゃっかり私のテオドールなどと…こういうところが抜け目ないのだ。
レッドフォードの次期当主が一体誰を一番大切にしているか…。それが分かれば周囲の動きも自ずと知れよう。
こうしてハインリヒ様は、自分ではなくお兄様の地位を盤石に整えていく。
おや、お兄様が可愛らしい挨拶を。
もう、あれほどお言葉の使い方には気を付けてと話したのに。ふふ、そんな気安さがお兄様らしさではあるのだけど。
「オリヴィアさんのお父様…。はじめまして、テオドールです。オリヴィアさんにはいつもお世話になってます」
「これはこれは愛らしい…、オリヴィアから噂はかねがね。先だっての騒動は大変でしたな」
「伯よ、もう一人の弟を紹介しておこう。アリエスこちらへ。ああ、アルタイルも一緒に」
「おお、アリエス様でございますな」
「ああ、末の弟アリエスと、その婚約者、ブルースター伯爵家のアルタイルだ」
ごふっ!
今何と⁉
ハインリヒ様は何とおっしゃったのか!
僕としたことが思わず飲みかけのジュースを噴き出すところだった。お兄様も驚きに目を丸くしていらっしゃる。ああその顔、なんて可愛い…いや、それどころじゃない。
「な!あ、いえ…その、モーリィ伯爵、あ、ゴホン、アリエスと申します。ご機嫌麗しゅう」
「う、その、ブルースター家が三男アルタイルと申します。……ご存じでしょうが我が父はこの国の司法の長。私も同じくその道を目指す者。ハインリヒ様の命によりモーリィ家の問題に尽力したいと思っております」
「おお、是非にお願いいたしますぞ。お二人で楽しそうに踊っておいででしたな。なんと似合いの二人だ」
挨拶と簡単な談笑を終えモーリィ伯がその場を離れるとお兄様はルトガーに誘われ及び腰で踊りに行かれた。
その機を見て僕たちは二人してハインリヒ様に詰め寄っていた。こればかりはさすがに聞き捨てならない。事の真偽ははっきりさせておかなければ。
「どういうことですかハインリヒ様!僕はそんな事聞いてませんよ!」
「言ってないからな」
「ハインリヒ様!婚約とは一体…、父は、家の者は知っているのですか!」
「知っているも何も、これはブルースター家からの申し込みだ」
「なんですって!」
「あれほど始終行動を共にしていれば誰しもそう思うだろう。伯爵はお前の幸せを心から望んでいたぞ。「レッドフォード家へ格下の我が家から申し入れなど厚かましいのは承知だが、末息子の願いを叶えてやりたい」とな」
「父がそのようなことを…」
馬鹿アルタイル!父の愛にほだされてどうする!
「アリエスを娶らせレッドフォードのお抱えとして司法の道を目指してもらうと言えば、願っても無い事だと破顔していた。聞いていないのかアルタイル」
「…な、何も…何も聞いていません…」
「ああ、そういえば私から伝えておこうと言ったのだった。うっかりしていたな。だがそもそもお前たちは想い合った仲と言ったではないか。急な知らせになったところで何も問題はないはずだろう?」
しまった!してやられるとはこのことだ。
「だからこその後ろ盾だ。大事な弟の夫となる相手。それくらいの面倒は見よう。それともアリエスでは不服なのか?」
こう聞かれて筆頭侯爵家の後継者に向かって「不服がある」などと言えるものか。
「それは…もともと好意を持っていた相手…不服などありませんが驚きまして…」
「アリエスはどうなのだ」
「庶子の僕にとって伯爵家三男とは言え司法長官の御子息であるアルタイルは過ぎる相手だと思っております」
「互いに貴族家の息子だ。これは家門の意向、観念するのだな。念には念だ。ははは、イエローダルの嫡男に次いで二人そろって永遠に退場願おう!」
「くっ!」
「やられましたね…」
「安心しろ。テオドールがお前たちを望む以上家族としてならそばに置いてやる。それで満足するのだな。テオドールの守護者と専属弁護士。せいぜいテオドールの役に立て」
完全にしてやられた。
…そうか、そう言う事だったのか…。だから何をするにつれ、「アルタイルを連れて行け」そう言ったのか…。
いつからその計略は始まっていたのだろう…
その結果を待つより先にアルは暴走しふられてしまったけど…どのみちこうなることは決まっていたのだ。
ああ、僕は分かっていたじゃないか。おそらくハインリヒ様は誰より厄介な敵であると。
お兄様の幸せを一番に考える…。それは決して自分を蚊帳の外に置くという意味ではなかったのに。そしてそれはアルタイルもきっと同じ。
いつかもしかしてあわよくばという、そんなささやかな希望まで打ち砕くとは…恐るべしハインリヒ様!
邪魔者は徹底して排除する…。そして貪欲に己の願いを叶えていく。
僕はレッドフォードの血は伊達ではないのだと、その時初めて正しく理解したのだ。




