103 ナスヴェッター!①
長い長い馬車での移動を終え、やって来たのはナスヴェッター!ルトガー君の実家だ。
お兄様と挨拶を済ませたナスヴェッター子爵が僕に向かって声をかけてくる。彼はとても誠実そうな、鼻の頭の赤いトナカイのような子爵様だ。
高位貴族のお兄様をお泊め出来るほどの屋敷じゃないと、当初子爵は相当たじろいだらしい。それでもここはこの領内で一番立派な建物なのだ。
「これはこれはテオドール様。このような田舎までご足労頂き光栄でございます。ルトガーより話は聞いております。ドラブ令嬢の悪しき行い、災難でございましたな。そしてラバーケロッグを使った新たなる試み…ぜひ詳しくお聞かせ願いたい」
オリヴィアさんもそうだったけど、この辺りは田舎過ぎて社交界の噂には疎いらしい。
まったく聞こえてこないってわけでは無いんだろうけど、けっして豊かとは言えない土地だもん、日々の暮らしに追われそれどころじゃないんだろう。
それにやっぱり土地の人柄だろうか?ルトガー君も初対面からとても気持ちのいい人だった。スラムのマカにも偏見なんか一秒たりとも持たなかったし。ルトガー君曰く、田舎は領主と領民の距離がわりと近いんだとか。
「お役に立てるかなぁ?」
「ああきっと。テオドールの気持ちが届くよう私も力になろう」
「ハインリヒ様、今日はゆっくり旅の疲れを癒し明日沼地のほうへ視察に向かうとの事です。お兄様、ルトガーもお兄様をいろんな場所へ案内するんだって張り切っていましたよ。ふふ、楽しみですね」
観光…観光かぁ…
「この辺りはあと半月ほどで雪が降る。五日ほどでここを発たなければならないからな。あまり遊んでばかりはいられないぞ」
ギクッ!
「わ、わかってるって、アルってばやだなぁ。子爵とお話してそれから湿地と農地のかんこ、視察して、えと、狩り?狩りもするの?」
「狩りは沼地の様子を見てからだ。いいかいテオドール、ここは王都とは違うお前の不慣れな場所だ。けっしてお兄様から離れてはいけないよ。それが無理な時はアリエスとアルタイルから離れてはいけない。護衛が居るからと言って一人歩きはしてはならない。約束できるね?」
「はぁ~い」
一応覚えとくね!
僕を手招きするルトガー君。実家にいる彼はなんだかいつもより少し幼く見える。
初めての友達んちへのお泊り!前世でもしたことないのに気分アゲアゲだよ!
明後日の夜はちょっとした歓迎パーティーがあるんだって。
筆頭侯爵家の次期領主様なんてこんな時でもなきゃここではお目にかかれないもんね。
近隣の貴族家は総出でお見えになるみたいだし、屋敷の使用人さんたちはかつてないほどの大きなイベントに大わらわだ。
夕食までの間はあてがわれた部屋でのんびりすることにする。
古いけど落ち着く部屋。セントラルヒーティング暖めてあるから寒さなんて感じない。
来客用のサロンで集まっておしゃべりしてると着替えを終えたルトガー君もやってきた。
「明後日の夜会にはお隣のモーリィ伯爵家からご当主もいらっしゃるよ。ハインリヒ様にご挨拶を、だって。伯爵はとってもいい方だよ。少し、いやかなりうかつなところはあるけど…でもまぁ、悪い人ではないよ」
「そうなんだ…。オリヴィアさんも良い人だもんね」
近隣の子爵家の息子にまでうかつと言われる伯爵っていったい…。だけどとってもいい人って言ってるし、会えるのが少し楽しみだ。
「あそこも余り天候には恵まれない地なのですよね?収穫高はどうなのでしょう?」
「良くはないみたいですけど…僕はあまり詳しくは…。でも、領民に重税をかしたりしていませんよ」
へー。オリヴィアさんも少し個性的だけどとてもいい人だから、きっとお父さんもいい人なんだろう。でもお兄様のご意見はもっとシビアだった。
「愚かな善人というわけか。だからこそ怪しげな投資話に飛びついたんだろう。ちゃんと見極められるものがついていれば違っただろうに」
愚かな善人…。少しも褒めてる気がしない。
「じゃぁアルタイルが見てあげてよ。じろーのお店でも書類?見てたじゃない。騙されたりしてないかチェックしてたんでしょ?」
「えっ、あ、ああ」
アルタイルの家は法務の家系。ゲームのアルタイルも法務長官を目指していた。
法律の書類には色んな数字が関わってくる。経理的なものとか税理的なものとか。
だからアルタイルは商業数字にも強い、とはジローの言葉。
「驚いた。テオドール、お兄様は全く同じことを考えていたよ。これを以心伝心と言うのだろうか。そうか、長い時を共にしてきた私たちには目に見えない絆があるのだね」
「え?そ、そうなのかな?兄弟ってすごっ…ん?アリエス?」
「…いえ…」
な、なんだろうこの空気感…
「そんな顔をするなアリエス。法律家の卵として同行させたのは本当だ。このナスヴェッターとの契約だが、アルタイル、お前に任せる。不備なく整えよ。そうすればテオドールの専属弁護士として考えてやる」
ぶっふぉっ!
「だ、大丈夫?テオ君…」
「げほ…だ、大丈夫…。お、お兄様、この間タウルスの騎士の誓いは断ったのに…」
「あれはイエローダルの嫡男だろう?立場が違う。お前もわかっているように、レッドフォードの家臣にするわけにはいかぬ。だがこれは三男だろう。このレッドフォードを後ろ盾にもつことは強力な力となる。どうだアルタイル、兄弟たちと競う気はあるか」
「どういった風の吹き回しか知りませんが…良いお話と思うべきなんでしょうね。わかりました、その試験お受けします。俺には成したい事がある!」
ちょ、ちょっとついていけてないけど、これはいい話なんだよね?
…まぁいいか。
「そ、そんなことよりルトガー君、明日の計画は?」
「まずは沼地ね。ここがラバーケロッグの繁殖地。現状を見てもらうために今期はまだ駆除依頼出してないんだよ。それから湿原。ここはね、いろんな植物でうっそうとしてて…はぁ…春から秋までの間なら色とりどりの花を見せてあげられたのに…残念」
「えー?そうなんだぁ…」
「今は冬だから見どころはあまりないけど、でもね!冬ならではの夕日が、本当に夕日がきれいなんだ!こう水たまりとスライムに夕日が反射して…」
「スライム!」
ちょいちょい異世界ワードが混じってくる。だけど楽勝だ!スライムならここにいる誰でも簡単に退治できる。
…生活魔法しか使えない僕とルトガー君以外なら…




