102 初めての冬のバカンス 12月
冬休みに入る直前、生徒会室から呼び出しを受けた。呼び出し主は当然、生徒会長レグルスだ。
レグルスはいつも忙しい。僕らがダンジョンで遊んで…ううん、ダンジョンで冒険をしている時だってレグルスは陛下について何かしらの執務を手伝っている。
僕も手伝うって言ったのに…
「大丈夫、心配は無用だよ」って、とても良い笑顔でいつもそう言うんだよね。
どうして全部自分でやっちゃうんだろう?
会長だから?王子だから?
少しは誰かに頼んでやってもらえばいいのに…。やっぱり僕はもと悪役令息だからそんな風に思うのかな?
ああ…僕の悪役要素はなかなかに根深いらしい。
「テオドール、君ナスヴェッター領へ行くんだって?」
「うん、あの…何で知ってるの?」
お兄様もレグルスもどうして僕の行動を何でも知ってるんだろう?僕の個人情報の扱いは一体どうなっているんだろうか?
「ナスヴェッターに行くなら丁度いい。少し調べてもらいたいことがあるんだ」
「えっ、なになに?何でも協力するよ?」
「実は陛下から飢饉の対策を任されていてね。そう、父は君のまとめた奴隷芋の資料に触発されたらしい」
えー!まさか王様が!
「あそこは湿地帯が多く余り作物の取れない地のはずだ。その現状や問題点、なんでもいい。君のその目で見てきてはくれないかな?」
「!」
「すまないね。私は遠方に外遊できる時間がなかなか取れないんだ。この目で見たいのは山々なんだけれどね、情けないな」
「冬の宿題だね、わかった!任せて!それからレグルスは情けなくなんかないよ」
「おやおや。慰められてしまったね」
「えへへ、きれいにまとめて提出する!期待してて!」
こうして僕は鼻息も荒く、お休みに入ったある暖かい日、お兄様とアリエス、それからアルタイルも何故か参加して、意気揚々とナスヴェッターへと向かったのだ。
ナスヴェッターまでは馬車で三日ほど。比較的馬車道が整ってるルートを進むらしい。
田園や、時にはうっそうとした山道を通り抜け、三つの領地を経由していく。それらの領主邸では素朴だけどとても丁寧なもてなしを受けた。
アルタイルによれば、良い領主が居るとだいたい道は整備され悪い領主だと決まって悪路だって。
だって道は流通の要だもんね。大事だよ。
そういえばドラブ家の縁戚子爵が治めていたエジプシアンダンジョンへの道はガタガタだった。
人気の無いダンジョンだから仕方ないけど。それにしたってもうちょっとこう…そうだ!お兄様に言ってお尻が痛くならないようにもう少し整えてもらおう。
「テオのおし…コホン…身体に何かあってはいけないね。バスティト様の祭壇へ詣でる巡礼の者も増えていると聞く。テオの言うとおり手配しよう。本当にテオドールはよく気の付く良い子だ」
「良い子…」パァァァァ
なんか久しぶりに良い子って言われた気がする。最近は誰もかれも僕のことを悪い子とか性悪とか…ん?
はっ!そう言えばおじいちゃんにも悪いやっちゃって言われたし、フェニックスのリーダーも僕の事悪い男って言ってた…
がぁーー…ん…
もしかして僕は未だに悪役令息だったのか…
な、なんてしつこい悪役設定!…しつこい…しつこいよっ!
「ね、ねぇ…、お兄様から見て僕ってまだ悪い子?…かな?」
「テオドールが悪い子…。そんな訳ないだろう。テオほど良い子を私は見たことが無い。それより誰に言われたのだ、そのような事…」
「…レグルスとか…モゴモゴ…」
「ん?ああ、殿下か…。それなら構わない。もっと困らせてやりなさい。婚約を破棄して稀代の小悪魔になるのも一興だ。」
「あ、や、いやぁ…」
ひぃぃぃ!お兄様の悪役義兄設定も全然消えてない!
ちょっと浮かれてた。調子に乗ってたよ。ここらへんで一度、気を引き締めなければとお膝のキャスに顔をうずめて心いくまで…モフ…反省した…。
「それでアル、ご家族との話し合いは済んだのですか?」
「まぁな。…将来冒険者になると言った俺に家族は皆憤慨した。」
「そうでしょうとも」
「…テオと一緒に冒険者になりたかった。そうすればもっと楽に生きられると思ったんだ…。だがそんなのは俺じゃないな。テオも言ったじゃないか。俺の道は俺だけのもので俺には俺にしかない出来ないことがあるって。出来の良い兄から逃げたかったのかも知れない…。同じ道を目指したところで俺は兄たちには敵わないから…。はは、アリエスを好きだった時と同じだな。お前に好かれたいばかりに自分の都合の良いものだけを見た。参ったな…あれから4年もたつのにまるで成長していない…」
「…お兄様はこうも言いましたよ?下ごしらえが大切だって。アルが皆さんの下ごしらえをしたように、この4年はあなた自身の下ごしらえの時間だったんですよ。遠回りをしたからこそ、司法長官になる夢…ほら、ちゃんと自分で見つけた夢だってお分かりになったでしょう?言ったじゃないですか。貧しい子供たちが大人に搾取されないよう、法を持って手助けがしたいと」
「アリエス…そうか、そうだな。」
「それにいいですか、お兄様のお相手となるには相当の、本当に相当の胆力が必要なのです…。僕も胆力では負けないつもりで居ますが…僕はそこはすでに超えたのです。僕はお兄様の最善を見極める。それこそが僕に与えられた使命なのだと気付きました。アルはどうするのです?ふふ、お兄様をめぐる戦い…見ているだけならなかなか面白そうですよ。」
ひとつ肩を上下させてアルタイルが笑う。良かった…。本当に吹っ切れたみたいだ。
そもそも最初からアルタイルは分が悪かった。それなのにアルがうっかりその気になったのは、お兄様が時々その面差しに見惚れてたりしたからだ。「あ…この顔…」そうつぶやいたりしながら。
まったくあの人はたちが悪い。恋愛感情も知らないお子さまのくせにもの言いたげに見つめてくるのだ。そう、時に僕の顔もこうじっと…何か懐かしい、愛おしいものを見るように…じっと…ふふ…
あ、いえ、あれでは誤解するなと言うほうがおかしいでしょうに。
この旅行にアルタイルの同行を求めたハインリヒ様はとことんお人が悪い。とっくに真実は知られている。僕と彼の本当の仲も、ダンジョンでの出来事も。
「きっぱり引導を渡されたのならむしろ安全と言うものだ。ブルースターの男はみな己を律する。暴走したりはすまいよ。そうだろう?」
彼の失恋を知っていながらなぜこんな。あのハインリヒ様のことだ。なにか思惑があるのだろうし、それは決してお兄様に仇なすものではないはずだ。
まぁでも真面目な彼が悲しむ姿はあまり見ていて良い気分じゃない。気の毒な彼にもうしばらくは寄り添ってあげようか。
お兄様曰く、僕は優しく健気なアリエスらしいから。




