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魔女の家は森のなかに埋もれるように建っていた。家を建てて永い何月が経っているのだろう、家の外壁にツタや根っこがからまり、木々の一部になっていた。
魔女は、ボクの姿をみるとすぐに正体を見破った。
「グリムかい。なんだい、そんな恰好をして」
グリムはボク以外とは話ができないので、ボクが仲介して魔女とはなした。
「計画9号にやられました。なのでいまはボクの体を共有してます」
「計画9号? 親父さんはどうしたんだい? まさかヤラれちまったのかい」
『そんなわけあるか、クソババア! 言葉づかいに気をつけろよ!』とグリムは怒鳴っていたが、ボクはやわらかい言葉に翻訳して魔女に伝えた。
「たぶん外の世界にいるとおもいます。門が閉じられてしまって中に入れないんだとおもいます」
「ハハハ! とんだ間抜けだね。親父さんもアンタも」と魔女は笑った。
グリムはボクの頭のなかでギャアギャアわめき散らしていたが、話がすすまないので魔女には伝えなかった。
「それですみませんが、火を貸してもらえないでしょうか」ボクはできるだけ丁寧にたのんだ。
「火? いいとも。そこにあるだろ。自由につかいな」
魔女は囲炉裏の火を貸してくれた。ボクはそこで狩りで獲ったグロテスクな生き物を焼いて食べた。味は、意外にもおいしかった。
ボクはこの世界にきてはじめてリラックスすることができた。くつろぐボクをみて魔女がはなしかけてきた。
「坊や、人間だろ。この世界に迷いこんじまったのかい、可哀想にね。いまじゃこんな姿になっちまったから信じられないかもしれんが、じつをいうと私も元々は人間だったんだよ」
「エッ」
魔女はたしかに人間にはみえなかった。大きなトンガリ帽子に隠れていたが、体にくらべてアンバランスなほど大きな頭についているギョロ目もワシ鼻も顔からはみ出ていた。
「まあ、私の場合は坊やとちがって自分からのぞんでこの世界にやってきたんだけどね。それも何百年も前の話さ。……いや、この世界と人間界とでは時間の在りかたが異なるから、それは意味ないか」
ボクは、「元の世界にもどる方法を知りませんか」と魔女に訊いた。元々人間だった魔女ならなにか知っているかもしれないとおもったからだ。
「門をくぐるしかないね。そのために旅をしとるんだろ?」
「はい」
「でも旅をつづけるのにその恰好じゃよくないね」そういうと魔女は奥からなにやら持ってきた。「これに着替えるといい」といって渡されたのは、麻の上衣とマントと、革のズボンと靴だった。
「え……もらっていいんですか」
「かまわないよ。この服には困難に打ち克つ魔力が込めてある。旅の途中で挫けそうな出来事にあっても、けっして心折れずに勇気がわいてくる服だよ。坊やに必要だろ?」
「はい。ありがとうございます」
さっそくボクは服を着替えた。たしかに勇気がわいてきた気がする。
「あと、これだ」といって魔女が出したのは鍋の蓋だった。
「これは特別な魔力が宿った盾だよ」
たしかに握るための取っ手はついているが、盾といっても本当に鍋蓋ほどの大きさしかない。グリムも、『なんだコレは。ふざけてるのか』といっている。
「この盾なら巨人に踏みつけられても大丈夫さ。かならず坊やを守ってくれるだろうよ」と魔女はいった。
ボクはその鍋蓋にしかみえない盾もありがたくいただくことにして、魔女の家を失礼した。