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 命があったばかりか、ケガひとつなく、川の水をすこしのんだくらいですんだのは、奇跡だった。

 滝壺はちいさな池になっており、その先にも川がつづいていたが、流れはおだやかだった。ボクは、池のほとりまで泳いでたどりつくと、仰向けに倒れて、ハアハア、とはげしく呼吸した。髪の毛も寝巻きも濡れてビチャビチャだ。

 やっと息がととのってボクは体を起こした。

 木々のすきまから城がみえた。崖の上でみたときよりずいぶん大きくみえる。だいぶ近づいたということだろう。

 あそこにいけばグリムに会えるだろうか──

 そんなことを考えていたら、黒い火の玉がゆらゆらとボクの目の前にあらわれた。こわい体験になれてしまったのだろうか、不思議とこわくはなかった。むしろ親しげでボクはこの黒い火の玉を「かわいい」とさえおもった。

 ボソボソとなにかがきこえる。ボクは耳をすました。この黒い火の玉からきこえてくるようだ。とても小さな声でなにかをいっている。ボクはさらに耳をすませた。すると、

「おい、人間。オレだ。グリムだ」

 そうきこえた。

「グリム! この火の玉はグリムなの」

「そうだ。くやしいがやられちまった。いまの力じゃ体の形がたもてなくなっちまったから、こんな恰好をしてるんだ。クソッ」

 たしかにグリムのようだ。

「やられたって、だれにやられたんだい?」

「あいつらさ」

 そういって黒い火の玉はすこし尖がって城の上のほうを指した。城の上にはあいかわらず雪のような光の群れが舞っていた。しかしよくみると、雪のようにみえていたものが羽虫にみえてきた。

「あれはなんだい?」ボクは訊いた。

外宇宙からやって(﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅)きた計画9号(﹅﹅﹅﹅﹅﹅)だ」

「け、けいかく……きゅう? ……なんなんだい、それ?」

「計画9号。人間の言葉でいえば宇宙人だ」

「う、宇宙人!」

 とうとうおかしなことになってきた。やっぱりボクは変な夢をみてるんじゃないかと、もう一度自分を疑った。

 すると、天使がボクの目のまえに舞いおりてくるではないか!

「ああ、やっぱりコレは夢だ」とボクは確信した。

 天使は、幼い子どものように可愛らしく、背中に白い鳥の翼をつけていた。人間の子どもと違うのは、髪の毛や肌が翼とおなじく真っ白だということくらいだ。

「まずい、ヤツらにバレた! はやくここから逃げるぞ!」と黒い火の玉になったグリムはいった。

 しかしボクはグリムの忠告を無視して天使にちかづいた。

「おい、人間! なにをやってる! 死にたいのか!」グリムは必死になってボクを止めた。

 しかしボクは、

「大丈夫だよ。こんなに可愛いし。それに、コレはボクの夢なんだから」

 といって、天使に手をのばした。その瞬間──

 天使の可愛らしい顔が上下に裂けて、ありえないほど口が大きく開いた。口のなかには鋭い牙が無数に生えていた。そしてその牙でボクを砕こうと噛みついてきた。

 ボクは咄嗟に体をひねってよけた。頭のすぐ上で「ガチン!」と牙と牙が衝突する音が鳴った。

「走れ!」黒い火の玉が叫んだ。

 ボクは走った。

 黒い火の玉がボクの横にならんで飛んでいる。

「アレはなに!」ボクは怒鳴った。振り返ると天使が追ってきているのがみえた。

「アイツは計画9号の眷属だ。ヤバいぞ。あいつらはテレパシーでつながっている。すぐに大勢やってくるぞ」

「そんな! どうすればいい、グリム!」

 グリムはしばらく考えるとこう言った。

「オレと契約しろ」

「契約?」

「ああ。いまのオレは力を奪われた状態だ。いまのオレじゃお前をたすけることはできない。でもオレと契約すればお前はオレの力がつかえるようになる」

「どういうこと?」

「オレがお前の体に入り、一時的に体を共有することで、オレの力をつかうことができる。お前も助かる」

 ボクは逃げるのに必死でかんがえる余裕もなかった。

「わ、わかった! 契約する!」

「よし、契約成立だ!」

 そういうと黒い火の玉がボクのなかに入ってきた。その途端、ボクのなかに力がみなぎった。

『オレの爪をつかえ! なんでも切り裂く鉤爪(かぎづめ)だ!』

 頭のなかにグリムの声が響いた。

 ボクの両手の指の爪が黒く光る大きな鉤爪になった。ボクは踵を返して、向かってくる天使にその鉤爪を振るった。

「ギアアアア!」という断末魔とともに天使は地面におちた。鮮血が飛び散る。

「うわああああ!」ボクは血と肉になった天使をみて悲鳴を上げた。

『泣いてるヒマはないぞ! 仲間がくる! 早く逃げるんだ!』

 ボクは走った。まるで風のような速さで走ることができた。たぶんこれもグリムの力なのだろう。

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