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ボクは、目覚めるとまったく知らない場所にいた。
昨夜、ボクは自分の部屋のベッドで眠ったはずだ。しかし目をあけると見慣れたはずの白い天井は消えてなくなり、かわりに赤黒い空があった。空には重そうな暗い雲が浮いていた。
体を起こすとベッドではなく、草むらの上に寝ていることに気がついた。
なんでこんなところに? ──ボクは混乱した。「まだ夢のつづきをみてるのでは?」とおもったが、夢ではないとわかるほどしっかりとした現実感があった。
まわりを見る。みたこともないような不思議な形をした木が生えていた。まるでゼンマイのように枝先がまるまっていて、赤紫色の気色のわるい葉をつけている。どことなく不気味で狂気じみた雰囲気がする木で、ボクの不安を余計にあおった。
ボクは恐る恐る立ち上がる。ボクは寝巻き姿で裸足のままだ。
見わたすかぎり草原と森しかみえない。それもこわい夢にでてきそうなおどろおどろしい森だ。
森には行きたくない──ボクは本能的に森をおそれた。でも、森の先にひと筋の煙が一本たちのぼっているのが見えた。
(人がいるんだ)ボクはおもった。
助けを得られるかもしれない。迷ったが、ボクは森に入る決心をした。
森のなかは想像していたよりも暗く、うす気味悪かった。まるで夜のようだ。
目の端になにかうごいたような気がして、ボクはビクビクしながら森のなかをすすんだ。裸足だったが土がフカフカとやわらかくて、足裏が痛くないのが唯一の救いだった。
ずいぶん歩いた気がする。でもなかなか森をぬけられない。自分ではまっすぐ歩いてきたつもりだが方向がズレてしまったのか?
そのときだった。
「おい。なんで人間の子どもがいる」
背中から突然声がしてボクは飛びあがるほどびっくりした。ふりむくとそこにボクと同い年くらいの男の子が立っていた。
しかしどこか変だ。彼は上半身が裸で下半身は黒い毛でおおわれていた。足をよくみると、ヤギの後ろ脚に似ていて、つま先がひづめだった。
「おい人間、どこから入ってきた」
「……わからない」
彼の頭には、小さいが黒い角が生えていた。
「君は人間じゃないの?」とボクが訊くと、彼は「ハッ!」と笑った。
「オレが人間だと? お前はバカなのか? オレはこの国の王子グリム様だぞ」
「グリム……」
「そうだ。よくおぼえておけ人間。で、お前はいまどこへ行こうとしてるんだ?」
「えっと……あっちに煙がみえたから、人がいるんじゃないかとおもって。助けてもらえるかも」
「フンッ。やっぱりお前はバカだな。たしかにあっちには村がある。でも食屍鬼の村だ。食屍鬼は人間の肉がなによりも大好物だからお前がいけば大歓迎されるぞ。今晩のご馳走がむこうからやってきたぞ、ってな」
ボクは絶望と恐怖の入り混じった感情にのみこまれた。
ボクがよっぽどひどい顔をしていたのだろう、グリムはボクにこう言った。
「フン。いいだろう。オレがお前を人間の世界へ帰してやる。いまオレは死ぬほどヒマで退屈だからな。さあ、オレについてこい」
そう言ってグリムは歩き出した。ボクは慌ててグリムのあとを追った。