A Report of Nemea and Leo Regulus
ネメアの街を支配していたレオ・レグルスは評価の分かれる人物である。
彼は為政者としては善政を敷いていたと言われている。
税金の減額、財産の再分配、社会保障の充実、医療福祉の保護などの政策を多数実行し、民衆に讃えられた。
政治的な良し悪しの評価は専門家に譲るが、いずれも民衆の求める理想を反映した政策であったことは確かである。
レオ自身、政策の善悪について判断できる教養を持ち合わせておらず、世論に注意深く耳を傾け、世論に背かないよう心を砕いていたようである。
上記のような政策の実行と継続には、莫大なお金がかかる。ネメアは当時から大都市であったが、予算は無限ではない。
これら政策の財源には、レオ自身の個人資産も含まれていた。
元々、レオは冒険者稼業に就いていた。故郷からの幼馴染を連れて各地を転々とし、土地の困りごとや魔物退治を買って出ていた。
街を治めるようになってからも、度々冒険者として依頼を受けてはギルドから報酬を得ていたようである。
ギルドからの報酬と言うのは、元を辿れば他の街の為政者や有力な商人であるから、レオの行為は「外貨を稼ぐ」行為であったとさえ言えるかもしれない。
ネメアの街にも、そもそもは旅の途中で立ち寄ったのが、偶然魔物の襲来を食い止めたことで英雄とされたのだ。
レオが英雄とされた当時、ネメアの街は相当政治が乱れていたのだという。
教会と議会が手を組み、不要なものも含め高額の税金を課し、私欲を肥やしていた。
レオは民衆の支持を得てクーデターを起こした。支持者は指数関数的に拡大し、教会も議会の代表も、当時街の中枢にいた人物はみな殺されるか放逐されていった。
当時ネメアに住んでいたアルギエバ婦人の証言が残っている。レオが死去する一か月前のことだ。
「レオさんは若いのに住んでいる人のことを親身になって考えてくださるんです。それはもう、税金のことも給付金のことも食糧事情や水道を整えてくださったこともそうですけれども、特に覚えていますのが、息子のミノールが悪い病気にかかって生死の淵をさまよった時です。旧知のお医者様を呼んできてくださって、そうしたら魔法みたいに元気になったんです」
これらのように、レオを讃える声がある一方で、レオは女癖が大変悪かったという特徴がある。道義的観点から、レオのこの淫乱振りは非難の対象となっており、後世にてレオの評価を分ける大きな一因となっている。
レオには年間で300人の女性と関係を持ったという俗説がある。ほぼ日ごとに女性をとっかえひっかえしていた計算となる。冒険者として野営していた時間を含めると、一日一性行為など不可能であっただろう。実際にレオと関係を持った人物を一名一名計上していくことは現実に不可能であるが、どうにも妥当ではない、誇大された表現に想われるのである。
ただし、レオが多くの女性と関係を持っていたことは事実のようである。それを裏付ける証言はいくつかある。
そのうちのひとつが、アルフェラ・スプリングの証言である。彼女はレオと同じく冒険者であった。
「魔物のスタンピードを防ぎきったその日の打ち上げで、あたしとレオはしこたま飲んだ。レオの戦いぶりを見るのは初めてだったけど、何度も致命的な攻撃を受けているのに、絶対に倒れやしなかった。もちろん戦闘の技術も確かで、敵をひきつけては大きな矛で横薙ぎにぶつ切りにしていくのには尊敬するしかなかったね。んで、やっぱり戦いの後って身体が火照るもんで、しかも酒も入っているとなっちゃあ、気も大きくなるってもんだ。あたしはレオを自分の部屋に誘った。罪悪感も少しはあったけどね。なんせレオの相棒は女の子だ。でも罪悪感って良いスパイスになるだろ? 部屋に入って、もう言葉はいらなかったね。ふたりとも汗だくになったもんさ。レオがあたしの中で果てた頃にはもう太陽が顔を出してたんじゃなかったかな。記憶もあんまりなくてね。──ああ、ただあたしが相棒ちゃんに悪いねなんて言ったら、レオはかわいらしく唇に指をあてて『デネボラには絶対に秘密だぜ』って言ってたんだっけな。身体を許したのは一度きりだったけど、いい男だったよ」
アルフェラのように、一夜限りの女性ばかりであったとしても、その短い生涯の中でそれだけの人数の女性と性交渉を行った例はそう無いだろう。
もうひとつ、証言を引用したい。連続殺人鬼として国内外に悪評をとどろかせるプレセペ・カルシノエ元男爵令嬢である。彼女はレオと性交渉を行わなかったそうだが、このような発言を残している。
「レオさんにあのような魔術が発現していなければ、きっとあれほど悍ましい性欲を持たなかったことでしょう。かわいそうなのはデネボラさんです。レオさんが能力の制御をできなかったせいで、一番近くにいるのに一番引き離されているのですから」
上述の証言を引いても、レオ・レグルスが常人とはかけ離れた性欲を持っていたことは確かなようである。
道義的、生理的な嫌悪感を喚起するほかにこの点がレオの評価をさげているのは、レオのこの欲望が身を亡ぼすことにつながったからである。
当時、レオはネメアに住む女性のほぼ全員と関係を持っていたのだという。
先述したアルギエバ婦人もその一人であったし、そのほかにも下は初経を迎えた女児から上は還暦を越えた老女までがレオと関係を持っていた。
あくまで秘密裏に関係を持っていたらしいレオだが、人の口に戸は立てられない。ネメアの男性陣や親世代を中心に、レオ・レグルスを処刑し追放するための草の根運動が広がったのである。
ネメアの有志に雇われた冒険者がレオの屋敷に踏み込んだ時、レオはベッドの上で行為の最中だったという。冒険者のひとりが思わず発した怒鳴り声が残っている。曰く、
「この万年発情野郎が!」
とのことであった。
敵意を向ける冒険者たちに抵抗すべく、レオは裸身のまま拳を振るったというが、多勢に無勢とばかりに出血が増え、とうとう胸を剣で突かれてしまった。
生け捕りにするべく命じられていた冒険者たちはすわ依頼失敗かと青ざめたというが、それは不要な危惧だった。
レオの傷口が癒え、五体満足となった状態で立ち上がったからである。
驚く冒険者たちの前で、レオは困ったようにその端正な顔を歪ませ、「ああ。ひとつ減っちゃったな」と呟いたそうである。
その仕組みは未だに判明していない。分かっていることと言えば、当時、レオ当人やプレセペが「魔術」という表現を使っていることだ。
戦闘中の冒険者たちは驚愕に目を見開いたそうであるが、さすがは歴戦の冒険者と言うべきか、順応は早く、戦闘を再開した。
身体への傷は残り続け、体力を削っていく。
レオ・レグルスはついに生け捕りにされ、怒りに燃えるネメアの民の前に引き渡された。
民は怒りに任せて即刻ギロチンに掛けたが、首が落とされても直に何事もなかったかのように首がつながるので、途端に恐慌に陥ったという。
さらに、レオが蘇生すると同時に、レオと性的関係を持った女性の首が両断される事件が発生したことで、事態は混迷を極めた。
すなわち、レオ・レグルスを殺す度、レオは蘇生してしまう。その際、レオと関係を持った女性が代わりに死んでしまうのだ。渇水や飢えさえ肩代わりさせてしまえるレオの能力にネメアの住人が恐怖と辟易を覚えたという記録が残っている。
民衆は、レオ本人を処刑することを諦め、レオの大切なものを傷つけ、それを見せる拷問に考えをシフトさせた。
当初はレオの肉親を辿ろうと考えたらしい。しかし、レオの故郷の村は、度重なる女性の不審死によって「呪われた地」とされ、壊滅状態にあったため、このアイデアは放棄され、実現しなかった。
次いで白羽の矢が立ったのは幼馴染にして冒険者としての相棒でもあったデネボラである。レオが襲撃された日、デネボラはネメアにいたはずだったが、行方をくらませていた。
捜索の末、デネボラは捕らえられた。
連れてこられたデネボラを見るなり、レオは発狂し、猛烈な力で拘束を解こうと努めたそうである。
レオの目の前で、デネボラは死なない程度の拷問を受けた。眉唾物だが、どれほど拷問がエスカレートしても立ちどころに怪我を治してしまう医者が居たそうである。
と、同時に、この頃からレオは執拗に暗殺される。
その全ては中毒によるもので、ネメアの街の人口のうち、ほぼすべての女性は中毒死を遂げている。
この時期のネメアの記録は、他の時期にも増して非常に乏しい。後世の創作と思しき非現実的なもの──レオの毒殺に使われたのは蛇遣いの操る毒蛇だとか、レオの毒殺を依頼していたのはデネボラだったとか、デネボラの治療を行っていた医者がレオの毒殺も為していたとかばかりで、信ぴょう性に欠けるからだ。
とにかく、ネメアの街が急速に衰退していったことは間違いがない。人口も加速度的に減っていったことが周辺都市の記録に残っている。
衰退したネメアに残されたレオとデネボラについての記録もこのころには途絶えており、以降、杳として知れない。現在、ネメアがあった場所は人を寄せ付けない大森林地帯となっており、いずれ調査隊が森林の中に街の遺構を発見するまでは謎に包まれたままであろう。今後の研究が俟たれる。
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