残りもの
廃病院に広がる静寂を破ったのは楓ではなかった。「生き残ったもので部隊を結成しよう。」そういったのは、楓と同じ陸上自衛隊・第32普通科連隊所属であった東雲 冬馬陸曹長だ。
「そうだな。幸いここには自衛官が30人ほどいる。」楓はそういった。しかし、内心彼女も不安であった。勝てるわけがない。弾薬も底をつきそうだ。
「では考えましょう。」
「小隊を編成し、まずは弾薬の回収を行おう。」
「ここの防衛部隊も欲しいですね。10人ほどいれば十分かと。」
「わかった。部隊の名前は…」楓は思い浮かばなかった。レジスタンスなどにしようと思ったが、それは違う気がして仕方がなかった。考えている楓に冬馬から声が聞こえた。
「『レムナント(Remnant)』、英語で残り、残物などといった意味です。」これだと思った。今自分たちは、東京の残り物である自分たちの分隊の名前に相応しいのではないかそう思った。
「よし。決定だ。目標地点はどうする?他の残党がどこにいるかもわからないぞ。」実際、楓には見当もついていなかった。衛星回線からある程度の通信はできている。だが、どこに他の残党がいるのかわからなかった。まずは弾薬の補充が先だが、おそらく武器庫や火薬庫は最初の攻撃で一通り吹き飛んでいる。そうなった時に、どうすらばいいのか。考えていると、冬馬が言った。
「まだ関西には到達していないとの報告を見ました。それを信じて行動するべきかと。弾薬のみ集めてもこの人数では意味がありません。」冬馬は薄い希望を抱いていた。
「ここにいる人々はどうする?」楓は物資を取るために、作戦を行うつもりであったから、遠出をするつもりはなかった。
「置いていきます。」冷静ないや、冷酷な口調で冬馬は言った。
「そんなことはできない。」当然そうだった。残していけるわけがない。同時に、楓には、自分たちに選択肢がないこともわかっていた。楓は無力な自分を恨んだ。
「…っ わかった。20人規模の分隊を組んで出発する。まだあの大災から3日も経っていない。我々がグラビタスに反抗するための作戦になるように祈ろう。」
そう楓が言うと冬馬は納得したかのように皆を集めに行った。だが、楓はこの作戦への不安を拭いきれなかった。弾薬がないのである。楓が今持っている弾薬は2マガジンほど、みんなそうであろうと思っていた。公的な移動手段がなく、徒歩で関西までの道のりを歩いていくには足りていなかった。道中でであった、あいつらに勝てる気がしない。わかっていた。もう終わるのだと。そんな考えが楓の中を占領しようとしていた。
夜。楓は皆を集めてこう言い放った。
「明日6月28日、我々はレムナントという隊を結成し、まだグラビタスの進行を受けていないであろう、関西方面へと発つ!」皆の反応は普通だった。驚きも、喜びも、恐怖も、反発もない。それはそうだと楓は思った。疲れているのであろう。食糧不足で満足に食事もできていない。どころか一食も食べていない。それに加え、現状を誰しもが理解していた。
冬馬が続いた。「皆準備し、出発に備えよ。これから、関西方面軍のメンバーを発表する。ただ、ここに残り、物資の防衛を行なってもらうものもいる。メンバーは私水上楓、東雲冬馬、…以上だ。」
集会が終わった後、楓は1人綾乃の元を訪れていた。「どうすればいい?我々はグラビタスの重力操作には手も足もでなかったぞ。」そう楓は綾乃に問いかけた。
「交戦を避ければ問題はないです。調査に出た、自衛官の報告によればグラビタスはまだ地球の環境に適応していなく、至近距離まで近づなければこちらを認識できないと。」そう綾乃は言った。その言葉には裏付ける何かがあるように楓は感じた。
「そうか。了解した。研究に使うパソコンの電源は確保できているか?」
「はい。問題ないです。ただ回線状況が極めて悪く、壁に紙を貼りまとめている状況です。」そう言って綾乃は楓を研究室(仮)に連れて行った。
そこには綾乃がまとめたであろう紙が貼られた壁があった。楓はそこで資料を見ながら明日の作戦決行に備えることにした。
薄暗い廃病院の一室で1人の女性がすぎゆく運命の夜を過ごしていた。まだ彼女は明日の作戦が自身の運命を変えることを知らない。