瓦礫の下で息づくもの
東京近郊の廃病院の地下。数時間前まで医療機器が並び世界最高峰の医療が行われていた空間は、今は薄暗く、埃っぽい避難所となっていた。生き残った人々で埋め尽くされもうすぐ食料はそこをつきそうであった。水上楓少佐は、わずかに残されたバッテリーで稼働する懐中電灯の光を頼りに、壁に貼られた地図を睨んでいた。
「これからどうすれば良いのか。」何も考えたくないが考えなくてはならない。だが二時間考えても結論は出なかった。
「被害報告です。このxxx病院に避難している生存者は約200名。そのうち自衛隊のものは30名ほどとなっております。」
横に立つ兵士が、疲労に滲む声で報告した。彼らは楓と共に地獄を潜り抜け、奇跡的に生き残った陸上自衛隊の隊員たちだ。兵士は数えるほどしかいない。そして、民間人が170人ほど。皆、水と食料、そしてわずかな希望を分け合い、この地下で息を潜めていた。しかし、その食料もあと何日持つかわからない。医療設備はほぼない。負傷者も大勢いる。おそらく20人ほどが生き残れないほどの重傷を負っている。
楓は地図から目を離し、薄暗い空間を見回した。電気は通っておらず、暖房もない。配給される食料は一日一度、乾パンと僅かな保存食だ。それでも、人々は助け合い、子供たちは小さな声で歌を口ずさんでいた。楓は思い知らされた。これが、人類がゼロから再構築する、新たな日常なのだと。
数日前、偵察に出ていた二名の隊員がグラビタスに遭遇し、交戦の末、一人が犠牲になった。もう一人は重傷を負って帰還したが、残された医薬品は底をつきかけている。通常火器が通用するとはいえ、正面からの衝突は死を意味した。彼らが持つ銃器も、弾薬も、数には限りがある。
「燃料の残りは?」「あと数日で底をつくかと…」
楓は小さく息を吐いた。このままでは、長くは持たない。物資の調達、情報収集、そして何よりも、この地下に眠る人々の希望を繋ぐ手段が必要だった。
夜。地下の最奥部にある簡易的な司令室で、楓は古びたノートPCを起動させていた。バッテリーの残量を気にしながら、奇跡的に繋がった衛星回線で、海外からの断片的なニュースを漁る。だがそれでも情報は集まらない。
どうやら日本各地や中国各地で同様の壊滅が報告されているようだ。しかし、いくつか希望の光も見えた。
『…名古屋郊外で、レジスタンスによるゲリラ作戦が成功。グラビタスの兵站拠点を破壊…』
『…人民解放軍残党、対グラビタス特殊兵器の開発に着手…』
「レジスタンス…」。楓は呟いた。まさに自分たちが、今、目指している道だ。
その時、司令室の扉が静かに開いた。入ってきたのは、侵攻初期に保護された元大学教授の女性、**高村 綾乃**だった。彼女は、楓たち軍人ではない、数少ない「知識人」だった。
「少佐、何かグラビタスに関する情報は?」。高村の声は静かだったが、その瞳には知的な光が宿っていた。
「ええ。名古屋や中国でも抵抗運動が始まっているようです。しかし、ここ東京では…まだ、組織的な動きは把握できません」。
高村は楓の隣に座り、古びた地図を指差した。「私たちはただ隠れているだけでは、いずれ枯れてしまいます。しかし、彼らと正面から戦う力も、今は持たない」。彼女は楓の意図を察しているようだった。「何か、彼らの盲点を突く方法はないのでしょうか?」
楓は高村の顔を見つめた。彼女は、グラビタスの「重力操作」について、唯一理解を示そうとしている民間人だった。
「…重力は、物理法則を歪ませる。しかし、全ての物理法則を無視しているわけではない」。楓は思考を巡らせた。「彼らは地球の環境に適応しているわけではない。必ず何か、隙があるはずだ」。
地下の冷たい空気の中、楓の瞳には、まだ見ぬ希望の光が宿っていた。彼女たちは「レムナント」。瓦礫の底で、人類の最後の抵抗が、静かに息づき始めていた。