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焦土の始まり

20XX年、6月26日。梅雨が明けきらない蒸し暑さが残る演習場に、けたたましいアラートが鳴り響いた。陸上自衛隊・第32普通科連隊、水上みなかみ かえで少佐は、模擬戦の状況報告書を閉じ、即座に立ち上がった。


「全隊に告ぐ! 直ちに演習を中断、兵装を実弾に切り替え、各自配置へ! これは演習ではない!」


混乱とざわめきの中、状況報告に駆け込んできた部下が震える声で叫んだ。「上空に…未確認の、巨大な物体です。レーダーは完全に機能不全に陥っています。そして、通信回線が…!」楓は言葉を失った。見たこともない異形が自分たちの上にいる。この時感じたのは絶望であった。


その言葉を遮るように、空気が震えた。単なる音ではない。体中の細胞が振動するような、物理的な圧迫感。楓が演習場の開けた場所から空を見上げた瞬間、これまで見たこともない光景が視界を埋め尽くした。


上空には、都市のビル群さえ矮小に見えるほどの、漆黒の塊が浮かんでいた。それは金属とも岩石ともつかない不定形な姿で、表面には無数の発光体が点滅している。そして、その巨大な塊から、まるで意思を持つかのように、無数の異形が降下してくるのが見えた。


「グラビタスだ…!」誰かの絶叫が響く。連日テレビで報じられていた海外での未確認飛行物体騒ぎが、今、日本の空で現実のものとなっていた。


攻撃は、一瞬の出来事だった。グラビタスの一体が地上に到達するよりも早く、グラビタスから巨大な「波動」が放たれた。それは目で見ることも、音で聞くこともできない、しかし明確な物理的な破壊をもたらす重力波だった。遠くの高層ビル群が、内部から圧縮されるように歪み、次の瞬間には豆腐のように崩れ落ちた。地盤が隆起し、アスファルトが波打ち、戦車の履帯がめり込む。


「全員、伏せろ!」楓は叫び、自らも土埃が舞う地面に身を伏せた。衝撃が去った後、彼女は顔を上げた。視線の先には、壊滅したかのような市街地の光景が広がっていた。いや、壊滅したはずの街の残骸も見えなかった。数秒前までそこに建っていたはずの建物は、原型を留めず、砂塵と化した。


「くそっ…! こんな馬鹿な…!」隣にいた部下が震えながら叫んだ。誰しもがそう思っているであろう。だが、グラビタスたちはそんなことお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。


無線は通じない。日本の中心は、東京は、さっきの一瞬の攻撃で、壊滅した。あたり一面何もない。見渡す限りの平野になっていた。


楓は状況を冷静に分析した。先ほど降下してきた小型の個体が、部隊の斉射で粉砕されるのを彼女は見た。だが、その数、そして圧倒的な重力操作能力を用いた攻撃が、人類の戦術を根底から覆していた。いくら実弾が通用しても、有効な攻撃を加える前に無力化されるか、膨大な数の前に押し潰される。


彼女の部隊もまた、次々と襲いかかるグラビタスとの交戦で数を確実に減らしていた。部下たちが必死に反撃するが、まるで際限がないかのように湧き出てくる異形たちに、ひとり、またひとりと殺されていく。反撃に使えそうな有効な火器は先程の攻撃で全て失った。残ったのは持っていた小銃ほどであった。


「少佐! このままでは全滅です!」


「少佐!」


「これは…日本の、いや、世界の終わりだ…」誰かが呟いた。


楓の脳裏に、陸上自衛隊での記憶や日本の明るい東京の夜景、高層ビル群が立ち並ぶ東京の風景が浮かんだ。それが今、この一瞬で、あの攻撃で、あいつらによって、全て破壊され尽くしたのだ。


しかし、彼女は感情を表に出さなかった。震えるのは、怒りと絶望に打ち負けそうになって震える己の心だけだ。自分がなんとかするしかない。

「全隊に告ぐ!」楓は声を張り上げた。「これより、戦闘行動は最低限に留める! 生存者を優先し、指定された最終避難地点へ撤退を開始する! 決して諦めるな! 我々は…人類は、ここで終わりはしない!」


彼女の言葉が、士気を失いかけていた兵士たちの心をわずかに揺り動かした。彼女自身も、それがどれほど絶望的な撤退戦になるか理解していた。しかし、この壊滅の淵で、彼女は確かに感じた。人類が、まだ、生き残る道があることを。そして、東京を破壊した、グラビタスにいつか打ち勝つ日が来ることを。


平野と化した旧東京の街を背に、水上楓は瓦礫の中を、生き残った数名の兵士と民間人を率いて、闇の中へと消えていった。

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