禁断のフルコース (2)
その後に運ばれてきた料理も、すべてどこかしら料理の常識を覆すものだった。
あまりの辛さから『僧侶殺し』と名付けられた挽き肉料理。そして、胆に猛毒を抱えた怪魚の活け造りなど、珍妙な料理ばかりが続く。
しかし、そのいずれもが二人の舌を唸らせる、凄まじいまでの出来栄えであった。
「まさか儂も、これ程までの料理が味わえるとは思わなんだ。マドック殿、お主の料理に懸ける情熱、しかと見届けたぞ」
「お褒めにあずかり、恐悦至極にございまする。ですが、吾輩の探求はまだまだ道半ば。“魔法の小鍋亭”を大陸一の名店とする日まで、我が料理道に終わりはないのです!!」
高らかに宣言するマドックに、ロットは引きつりながらも賞賛を贈るよりなかった。
二人の前にはコースを締めくくるデザートとして『季節のフルーツのスライム固め』が置かれていた。やはり製法は耳目と常識を疑うものであったが、出来は申し分ない。
冷たく滑らかな舌触りと爽やかな甘みは、これまで食べたどんな菓子とも違っており、それでいて美味だった。その味に感嘆しつつも、ロットは言いにくそうに口を開く。
「……なあ、マドックさん。この店の料理は確かに美味い。それは認めるよ。だけどさ、やっぱりいくら何でも奇をてらい過ぎなんじゃないか?」
「それはやはり、少年の目に吾輩の料理は奇異に映るということかな?」
ぎろりと鋭い眼光に気圧されつつ、ロットは言葉を続けた。
「正直、マドックさんの腕があれば、普通の料理でも十分にやっていけると思ったんだ。それなのに、どうしてこんな風変わりな料理ばかりを?」
「それは愚問。他人が敷いた道を歩むばかりでは、何も面白みがないではないか!!」
がははとひとしきり豪快に笑うと、マドックはふと遠い目をして語り始めた。
「実はな、少年よ。吾輩も昔は普通の料理人であったのだ。町に“黄金の大鍋亭”という店があったであろう? 吾輩はその店の子として生まれた」
“黄金の大鍋亭”は老舗の料理店として、人々に長年に渡り愛されてきた。幼い頃から跡取りとして期待されていたマドックは、父親や店のシェフ達から様々な技術を教わってきたという。
しかし、“黄金の大鍋亭”はその長い歴史の中で、すっかり柔軟性を失ってしまった。マドックが新しい料理を考案しても、伝統を重んじる店の方針と合わないと、ことごとく却下されてしまった。
「革新を否定し、古い伝統にしがみつくだけの料理に何の意味があろう。だが、吾輩にも甘えがあった。父に盾突きながらも、店を捨てる決心がつかなかったのだ」
「それは甘えではあるまい。お主は自らを育んでくれた“黄金の大鍋亭”に対する愛着が捨てきれなかったのじゃな」
「かも知れぬな。だが、当時の吾輩は自分が腐っていく様を、忸怩たる思いで眺めるしかできなかった。そんな折のことだ。店に彼女が訪れたのは」
その女性は、自らを旅の錬金術師と名乗ったという。
奇矯な服装と怪しげな装具の数々。そして、見る角度によって虹色に移り変わる瞳。年齢さえも判然としない、そんな不可思議な人物だった。
彼女は料理を食べるや否や、「これには魂を感じないな」と迷いなく切って捨てた。そして、「君さ、せっかくだから自分の好きなように作ってみてくれ。なぁに、店には黙っといてやるからさ」と悪戯めいた口調で言い放ったのだ。
「迷いを見透かされ驚いたと同時に、その挑発的な物言いに憤りもした。ならば目に物を見せてやろうと、吾輩は自分のレシピからとびきりの変わり種を披露した」
そうして出来上がった料理を食した彼女は、「やればできるじゃないか」と愉快そうに破顔したという。
その日の夜、仕事を終えたマドックは彼女と共に酒場に繰り出した。自分の抱えている迷いを打ち明けると、彼女は事もなげにこう言ったという。
「何だ、そんな仕様もないことで悩んでいるのか。話は簡単。君があの店を出ればいい。店を継ぐのは君でなくとも、お弟子さんの誰かだって構わないだろう?」
「我が迷いはそれで晴れた。そして、破門同然に家を出た吾輩は、独立してこの“魔法の小鍋亭”を構えたのだ」
開店当日、彼女は知らぬ間に姿をくらましていた。厨房には今も彼女の置き土産である奇妙奇天烈な料理器具が残されているのだという。
「あれからもう一度も会っておらぬが、今も彼女は旅の空であろうな」
マドックはどこか遠い目をして呟いた。
「なるほど。それにしても、魔術を料理に転用するとはなかなかに興味深い。そのような突飛な発想ができる者なぞ、儂もこれまで聞いた試しがないぞ」
「ありとあらゆる手段を取り入れ、更なる味の境地を切り拓くことこそが料理人の本懐。これからも吾輩は、この道を邁進していく所存でありますぞ!!」
腕組みをして豪語するマドックの姿に感銘を受けつつも、
(でも、やっぱりこの見てくれじゃ、客入りは難しそうだよな……)
と、内心で独りごちるロットであった。
その後、この店はとある道楽貴族が料理をいたく気に入ったことで話題となり、一部のゲテモノ好き……もとい、美食好きな冒険者たちによって密かな名店として語り継がれていくのだが……それはまた、別の話。