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遥かな旅路、雲間の彼方  作者: 古代かなた
精樹の森のドライアード
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精樹の森のドライアード (3)

 探索を終えた老爺と少年は、村の広場へと戻ってきた。太陽はとうに中天を過ぎ、空は茜色へと染まりつつある。


 重苦しい沈黙が横たわる中、ロットがぽつりと口を開いた。


「……なあ、ルタ様。これからどうするつもりなんだ?」

「無論、このまま捨て置くわけにはゆかぬ。あのドライアードを何とかせねば、森は霧に閉ざされたままであろう」

「けど、方法なんてあるのか?」

「確かにドライアードは強力な精霊じゃが、弱点も存在する。彼女らには必ず、依り代になった樹が存在しておるのじゃ。それを切り倒すか……あるいは焼いてしまえば、存在を維持できずに消滅するじゃろう」


 ルタが下した結論に、ロットは少なからぬ動揺を覚えてしまう。


「それは、あのドライアードを……アーニャさんを殺すってことか? 無理やり殺されて精霊にされた挙句、もう一度殺されるなんて……そんなの、あんまりじゃないか」

「儂とて可能であれば、このような手段を取りたくはない。じゃが、あの精霊は下された命令に固執して暴走しつつある。あのような精霊を放置しておけば、いずれは近隣の村や町にまで被害が及ぶじゃろう」

「わかってる。わかってるけど……」


 この村を巡る一連の悲劇には決着がついてしまっている。すべてが死に絶えてしまった今となっては、残されたドライアードを鎮めるのが唯一の救いなのだろう。

 それでもなお、少年の心中には割り切れない思いが燻り続けていた。


「精霊使いが施した命令を、どうにか解除はできないのか? 精霊になったといっても、元は人間なんだろう。例えば、説得して命令を取り消してしまえば、わざわざ滅ぼす必要なんてなくなるはずだ」

「難しいじゃろうな。二百年という歳月は、元々の娘の自我を失わせるには十分過ぎる。そもそも、部外者の我々の言葉に耳に貸すとは思えぬ」

「……そうだ! スエンさんの亡霊を連れて行くっていうのは!? オレたちに無理でも、恋人だったスエンさんなら……」

「それだけはできぬ相談なのじゃよ、ロット」

「ど、どうしてだよ!?」


 憐れむような視線を向けながら、ルタは力なく首を横に振る。


「スエンさんは、ずっとあそこで自分の犯した罪を嘆き続けてきたんだ。アーニャさんを説得できる相手がいるとすれば、それはスエンさんしかいないはずだろ!!」

「精霊と亡霊は、まったく存在を異にするものだからじゃ。亡霊というのはあくまでも、激しい感情がこの世に焼き付いただけ。いわば、実体のない影絵のようなものじゃ」

「そんな……」

「思考の核となる肉体を持たぬため、生前の未練を繰り返すしかない。ましてや、言葉を重ねて他者に働きかけるなど、できるはずもないのじゃ」


 告げられた事実を前に、ロットはもはや言葉を失うしかなかった。


「……のう、ロットよ。お主は何故、そこまであの者たちに肩入れをしようとする?」

「え……?」


 いつしかロットは、静かに涙を流していた。救いようもない現実を前にして、胸の中でせめぎ合う感情が溢れだしていた。


「精霊と化した娘の身の上に、同情する気持ちはわからないでもない。じゃが、この村を襲った悲劇はお主に縁もゆかりもないもの。そこまでして、二人を救わねばならぬ理由がお主にはあるというのか?」


 ルタの指摘はもっともだった。ロットはただ師に連れられ、この“精樹の森(ストロミーヴィル)”の異変を調査しに訪れたに過ぎない。

 森の中でドライアードと出会い、滅び去った村でスエンの慚悔を耳にするうち、次第と心を動かされていたのだ。


 その理由を自らの胸に問いかけ、やがてロットは一つの結論に至る。


「……オレは多分さ、悔しいんだと思う」

「悔しい、とな?」

「確かに、生け贄になったアーニャさんの境遇は可哀想だと思う。けど、それ以上に何もできなかったスエンさんの気持ちがどことなくわかるんだ。だから、スエンさんが彼女を見殺しにしたって聞いた時、それが許せなかった」


 助けたい誰かがいて、どうすることもできない無力感。彼の気持ちがわかるからこそ、あんな風に泣き叫ぶ姿が見るに耐えられなかった。


「なあ、爺さん。他に何か手はないのか? ロクに魔術を使えないオレじゃ、大した力になれないのはわかってる。だけど、あの二人をこんな形で終わらせてしまったら、オレはきっと後悔する」

「ロット……」

我が侭(ワガママ)を言っているのは承知の上だ。でも、オレは何としても二人を助けたい。頼む、ルタ様。オレに力を貸してくれ」


 自らの衝動に動かされるまま、ロットは深々と頭を垂れた。対する老爺はしばし思索に耽り、ややあってから重々しく口を開く。


「……その言葉に、嘘偽りはあるまいな?」

「ああ、もちろんだ」

「あの二人を救うため、己が生命いのちなげうつ覚悟はあるか? 失敗すれば、お主とてただでは済まぬのだぞ?」

「わかってる。それでも、オレはスエンさんとアーニャさんを救いたい」


 もはや微塵も揺るがない少年の眼差しに、ルタは深々とため息をついた。


「……この、頑固者めが。まったく、とんだ弟子を持ったもんじゃ」

「ありがとうございます、ルタ様」

「礼にはまだ早い。あの精霊の呪縛を見事解き放ってから、もう一度言ってみせい」

「はいっ!!」

 老爺の言葉に力強く頷きながら、ロットは改めて決意を固めるのだった。

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