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遥かな旅路、雲間の彼方  作者: 古代かなた
迷いと祝福と
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迷いと祝福と (2)

 彼女が勤める教会は、町の大通り沿いに位置していた。

 聖王国として名高いこの国において、教会の占めている影響力はとても大きい。住民の心の拠り所として、冠婚葬祭や節目に執り行われる催事の場として、教会が果たす役目は多岐に渡っている。


「さあ、着いたぞ。遠慮せずに中へ入ってくれ」

「は、はい……」


 両開きの大扉を潜ったロットは、中の様子を目の当たりにして思わず息を呑む。故郷の村にも教会はあったものの、それとはまるで比較にならない荘厳さだ。

 白を基調とした内装には清潔感があり、訪れる者に清らかな印象を感じさせた。整然と並べられた長椅子では、礼拝に訪れたと思われる人々が熱心に祈りを捧げている。

 何よりロットの目を引いたのは、礼拝堂に掲げられた巨大なステンドグラスだった。差し込む陽光を受けて七色に輝くそれには、至天の女神が地上に降り立つ様子が克明に描かれている。


「見事なものだろう? この教会は聖都の大聖堂の意匠の一部を模して造られていてね。国内でも有数の規模を誇るといわれているんだ」

「こんなに立派な教会は、初めて見ました」

「そうか。気に入ってもらえたようで何よりだ。さあ、ついてきてくれ」


 マルテは礼拝堂に併設された小部屋にロットを案内した。程なくして別のシスターが、二人分の紅茶が入ったティーカップを盆に載せて運んでくる。


「シスター・マルテ。この少年は?」

「私の客人だ。リーザの村からこの町までやって来たそうだよ」

「まあ、あの村から。遠路はるばる、ここまで大変だったでしょう」


 どうぞ、ごゆっくり。そう言い残してシスターは部屋を後にする。

 マルテはカップを手に取り、唇を紅茶で潤してから話を切りだした。


「さて、ロット君。君はさっき、魔術師を目指してあの村を出たと言っていたね。思うにそれには、あの子が……フィアとの出会いが関係している。違うかい?」

「……ええ、その通りです」

「そして、君が抱える悩みの根底にも、恐らくは彼女の存在が関わっている」

「随分と察しがいいんですね。そんな風にずけずけ人の心に踏み入ってくるのが、教会のシスターのやり方なんですか?」


 皮肉めいた口調で返すロットの態度にも、マルテはさほど動じた様子がない。カップをソーサーに置いた後、彼女はロットに軽く頭を下げる。


「すまない、少し不躾だったかもしれないな。けど、私が君の悩みの種を取り除きたいと思っているのは、偽りがない本音だよ」

「どうして、そこまでしてくれるんですか? あなたにとってオレは、単なる他人でしかないはずでしょう?」

「それが教会のシスターの務め……と言いたいところだが、少しばかりの私情が挟まっているのは否定できないかな」

「私情、ですか?」


 どこか遠い眼差しで、マルテは窓の外を見つめる。少しばかりの沈黙の後、彼女は再びロットに向き直って口を開いた。


「フィアの母親……シスター・リーシャは私が最も尊敬している人だった。だからこそ、彼女の一人娘であるフィアには幸せになって欲しい。それがここで君の世話を焼く理由の一部だよ。これじゃ、納得できないかい?」

「……いえ、すみません。オレも感情的になり過ぎました」

「いいさ、気にしないでくれ。さ、ここからが本題だ。君があの村でどのような出来事を経験し、旅立ちを決意するに至ったのか。もしよければ、それを話してもらいたい」

「オレは……」


 ロットにとってその話題は、決して誰にも触れられたくないものだった。両親や友人はおろか、共に旅をする師に対してさえ、ロットはそのすべてを打ち明けられていない。しかし、その一方で誰かに対し胸のうちを明かしてしまいたいという気持ちも少なからず存在していた。

 そして、これを逃せば自らの思いを語る機会はないのかもしれない。そんな予感と不安に衝き動かされながら、ロットは訥々《とつとつ》と語りだす。


 初めて出会った瞬間、彼女の瞳にどうしようもなく惹かれたこと。

 村外れの森で偶然に出くわし、それから少しずつ話をするようになったこと。

 フィアを村の子供たちと引き合わせるため、意見を違えて喧嘩になってしまったこと。そして、ルタの助言に背中を押されて仲直りしたこと。


 ……ある日、村を訪れたレイリにより、彼女が目に見えて元気を取り戻していったこと。


「だからこそ、君は魔術師になる道を選んだのか。今までの憧れの対象としてではなく、彼女を守り、並び立つ存在になるために」

「……違うんだ」

「違う?」

「オレ、本当は羨ましかった。フィアの笑顔が、あいつに……あのレイリって、女剣士に向けられているのが羨ましかった。オレがフィアを笑わせてやるはずだったのに。それを全部、あいつに持っていかれて……悔しくて、妬ましくて、たまらなかった」

「……そうか」

「馬鹿な話だろ? フィアの幸せを本当に願ってるのなら、誰が救ったって同じなんだ。あいつのためを思ってなんて、大嘘だ。オレはただ、あいつにありがとうって……言って欲しかっただけなんだ……っ!!」


 今まで誰にも話したことのない、心の底にわだかまった本音。醜い嫉妬と向き合うのが怖くて、打ち明けた相手に軽蔑されるのが恐ろしくて、ずっとひた隠しにしていた感情が堰を切ったようにあふれだす。

 嗚咽混じりに吐露されるロットの懺悔を、マルテはただ黙って聞いていた。


「結局オレは、自分の都合しか考えちゃいない最低の人間だ。そんなオレがあいつの隣にいる資格なんてない。だから、魔術の修行だって上手くいかない。オレは……」

「……なあ、ロット君。君は本気で、彼女を変えたのがその剣士一人だけと、そう考えているのかい?」

「え……?」


 涙でくしゃくしゃになった顔を上げると、マルテは穏やかながらも迷いのない眼差しをロットに向けていた。


「君が言った通り、最終的にフィアを立ち直らせたのはその女剣士だったかもしれない。だけど、君がとった行動が無意味だったなんて絶対にあり得ない。それだけは、この私が胸を張って保証するよ」

「どうして……そんな風に、言い切れるんですか?」

「私はね、一年以上かけて彼女をあのリーザの村まで送り届けたんだ。リーシャ様とその家族は自由都市自治領ドミニオンの砂漠にある小さな集落に身を寄せていた。あの方の訃報を知った私は、自ら志願して遺されたあの子とその父親を迎えに行ったんだ」


 自由都市自治領とは海を越えた大陸の西端にある、いずれの国家勢力にも属していない地域の総称を指す。八割以上を砂漠が占める土地に独自の文化が根付いており、幾つかの部族と豪商たちの合議によって統治されていた。


「彼女を見つけだした時は、ひどい有り様だったよ。母親を目の前で亡くしたショックで感情を失い、言葉を話すことさえままならなかった」

「フィアが……母親を、目の前で?」


 初めて耳にするフィアの過去に、ロットは戸惑いを隠せない。


「村を襲った盗賊の首領との、壮絶な一騎打ちの末に命を落としたそうだ。集落を発った後も、フィアはずっと塞ぎ込んだままだったよ。食事さえろくに摂れない状態で、衰弱で危ない局面に何度も遭遇した。結局、私がまともにあの子と言葉を交わせたのは、ほんの数える程度でしかなかったんだ」

「そう、だったんですか……」

「だけど、君から聞くフィアの様子は、少なくとも私が知る彼女とは別人だ。それこそ、私にずっとできなかったことを君が代わりにしてくれたんだ。君はもっと、自らの行いを誇りに思うべきだよ」


 ロットの目をまっすぐに見据えながら、マルテは力強くそう言い切った。


「オレはただ、あいつの側で話を聞いてやっただけで……」

「他ならぬその行為こそが、深い悲しみの底にあった彼女の支えになったんだ。だから、そんな風に自らを卑下するものじゃないよ。フィアにとって君の存在は決して軽くない。どうか、それを忘れないで欲しい」

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