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オペラント学習

 それから数週間にわたり、真梨(まり)は様々な「薬膳ジュース」を千郷(ちさと)に与え続けた。それが化合物の効果だったのか、あるいは友情だったのかは定かではないが――千郷は徐々にジュースに対する執着を見せ始めていた。

「真梨、今日は何持ってきたの?」

「この前のイチゴオレ、美味しかった。昼休みが、一日の楽しみなんだよね」

「あーし、真梨のジュース好き」

 いずれにせよ、計画は順調に進んでいる。内心で微くそ笑みながらも、真梨は純真無垢なる乙女の表情を崩さない。ほんの一瞬でも悪意が伝われば、計画の全てが瓦解する可能性もある。


 その日の晩、真梨は電子ダイスを起動した。本来、面の数を指定できる電子ダイスは、TRPGなどに用いられるものだ。そんな無邪気な技術でさえ、この少女の手にかかれば冷酷な道具の一つとなる。さっそく、真梨は五面ダイスを振り、その出目を確認する。

「4か……明日は投与しなくてもいいか」

 そう呟いた彼女は、電子ダイスを閉じた。特段、彼女は罪悪感に苦しんでいるわけでもない。彼女が化合物の使用を避けることもまた、彼女自身の戦略である。


 その脳内で、悪魔は問う。

「五面ダイスということは、今後は二割の確率で化合物を使うんだね。ところで、何故頻度を下げる必要があるの?」

 一見、毎回快楽を与える方が効果的には見えるだろう。そこで、堕天使はオペラント学習について説明する。

「先ずはオペラント学習について説明する必要があるね。特定の行動に報酬や罰を与えることで、その行動の強弱が変化するんだ。今まで行ってきたのは強化スケジュールにおける『連続強化』……要するに行為と報酬を結びつける行いだ」

「強化スケジュール? 連続強化?」

「オペラント学習における報酬や罰を強化子と言うんだけど、その強化子を与えるスケジュールを強化スケジュールと言うんだ。連続強化においては、毎回強化子を与えることになる」

 一先ず、大まかな概念の説明は済んだ。


――本題はここからだ。


 悪魔は再び訊ねる。

「つまり、意図的に強化子を与える頻度を下げるという手法もあるのかい?」

 その質問はまさに、この戦略の核心に迫るものであった。今度は、堕天使が『部分強化』について語る。

「その通りだよ。一定の割合または時間間隔でのみ強化子を与える強化スケジュールを、部分強化と云うんだ。部分強化は連続強化よりも行動を促す仕組みになっていてね……つまりはギャンブルに依存する人間が出るのと同じ要領だよ」

 そう――真梨が電子ダイスを用いたのは、強化スケジュールを行うためだったのだ。残る疑問は、ただ一つである。

「時間間隔の調整でも行動への依存性を高められるのなら、電子ダイスを使う必要はないんじゃないの? 五回に一度の頻度で化合物を投与するのと、何が違うの?」

 ここまでの話だけを汲めば、その言い分は間違っていない。悪魔が怪訝な顔をしたのも、無理のない話である。さりとて、真梨は無意味な行動を取るような女ではない。堕天使は、更なる補足をする。

「電子ダイスで確率を操作する方が、手癖が顕れない。パターン化もされない。簡単に言えば、記録で犯行がバレるリスクが大幅に減少するわけだね」

 いかに緻密な作戦であっても、手癖だけは容易には制御できない。しかし電子ダイスを用いれば、手癖の介入する余地はない。あらゆる痕跡を隠し通してきた真梨は、手癖という隙さえも撤廃しようとしているのだ。


 その会話を前にして、磔の天使は静かな憤りを見せる。

「そんなことをしたら、千郷は本当に、元の思考回路には戻れなくなる」

 言うならば、真梨の計画は心そのものを操る前提で組まれている。それに反対する善性は、依然として弱いものだ。結局、天使の声は真梨を止められなかった。

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