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ゼロサムゲーム

 翌日、真梨(まり)はラッピングした空箱を手に、私設私書箱に赴いた。それから必要な手続きを済ませた彼女は、施設内のロッカーに次々と空箱を入れていく。その所作には、一切の迷いがない。内心では微くそ笑んでいる彼女も、ポーカーフェイスには気を遣っている。当然、私設私書箱には数多の監視カメラが設置されているが、その映像だけでは真梨の犯行を証明することはできない。疑惑だけでは、国は個人を裁けないのだ。


 すでに、真梨は次の計画を練り始めている。彼女の脳裏に浮かぶのは、あの少女――千郷(ちさと)の姿だ。

「あの金はあくまでも、あの子を攻略するための資金でしかない」

「本腰は、これから入れる」

「そうだ、飲み物に『ある仕込み』をして、それをあの子に飲ませよう」

 そんなことを考えながら、真梨は私設私書箱を去る。これで資金調達は、おおよそ完了したと言ってもいいだろう。



 *



 数日後、真梨はいつもの匿名化の手段を介し、フリーマーケットのサイトを開いた。当然ながら、彼女の通知欄は酷く荒れている。

「詐欺です。箱しか届きませんでした」

「低評価。悪質な空箱転売」

「この出品者、他の出品でもレビューが荒れていたので、信用に値しない」

 そんなレビューばかりが並んでおり、それらは全て低評価である。もっとも、そんな評判は真梨からすれば一笑に付すものでしかない。何しろ、このアカウントは彼女にとっては用済みなのだ。真梨は無言のまま、フリーマーケットのアカウントを削除した。無論、この手法に持続可能性が無いわけではない。


 彼女の脳内で、堕天使と悪魔が会話を交わす。

「真梨が空箱を出品する前のことを覚えているかな? この端末はレンタルスマホだし、SIMも格安のプリペイド。SIMはすぐに破棄するし、レンタルスマホもデータを削除して返却する」

「こんなことをして、本当に大丈夫なの? 確かに警察は民事不介入だけど、民事訴訟は可能じゃないか」

「損害に対して、弁護士を雇う費用が大きすぎるでしょ。一応、民事法律補助というものもあって、国が費用を立て替えてくれることもあるけど、それも万能ではないんだ。何しろ、利用者は弁護士を選べないし、そもそも匿名性が高すぎて訴訟自体が難しいからね」

 個人取引は民事案件であり、真梨は足跡を消している。彼女を罰することは、決して容易ではないだろう。そんな彼女の微小な善性そのものである磔の天使は、眉間にしわを寄せながら二人を睨みつける。

「被害者に泣き寝入りをしろと言うのか」

 その声は怒りで震えていた。されど、御巫真梨(かんなぎまり)という女はマキャヴェリズムを極めている。か弱い善性だけでは、この女を止めることはできない。堕天使は冷たい笑みを浮かべ、淡々と語る。

「ゼロサムゲームって言葉、知ってるかな? 一人の利益は他の誰かの損失から生まれるようにできている――その仕組みがゼロサムゲームだ。誰かのために他の誰かが馬鹿を見るのは今に始まったことではないし、世の常なんだよ」

 それは言うまでもなく、天使の納得できる理論ではなかった。

「積極的に他者を利用することと、自然に格差が生まれることは違う」

「それでも、世界は悪意ある知性で回っている。大なり小なり、世界はそういう構造になっているんだ」

「だからと言って、倫理を踏みにじるのは傲慢が過ぎる」

 満身創痍の体を震わせ、天使は怒りを露わにする。それでもなお、真正のマキャヴェリズムは留まるところを知らない。



 真梨は、自分が普段使っている方のスマートフォンを手に取り、ロック画面を眺めた。千郷の姿を映すその瞳は、まごうことなく乙女のそれであった。

「千郷……愛してるよ」

 それから彼女は、プリペイドSIMをハサミで千切りにし、レンタルスマホのデータを削除した。

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