野心
中学生になっても、沙奈は真梨との交友関係を維持しようと考えていた。されど二人は違う中学に通っている。して、その時分の真梨には千郷がいるのだ。交友は減っていき、沙奈は孤立し始めた。
「ごめんね、沙奈。その日は予定があるから……」
「中学で新しい友達ができたからさ」
「沙奈も中学で、友達とか作りなよ」
時が経つにつれて、真梨は遠い存在となる。そんな彼女に愛想笑いを見せつつも、沙奈は内心で傷ついていた。
当時、沙奈は千郷と顔見知りではなかった。しかし彼女は、真梨の通う私立光命中等学校の校風を、SNSを介して調べていた。無論、それで得られる情報は断片的なものだが、それを繋ぎ合わせることで見えてくるものもある。
「真梨の奴、ウザい」
「千郷はなんでアイツと仲良くしてるんだろう」
「なんか千郷も嫌だな」
真梨について書き込む人物は皆、千郷についても言及していた。このことから、沙奈は真梨が新たな拠り所を見いだしていたことを察知した。
「なるほど。道理でワタシにあまり構わなくなったわけだね」
そう呟いた彼女は、少し寂しそうな目をしていた。
しばらくして、真梨がいじめの標的になった。その情報の断片は、SNSを通してかき集めることができる。少しばかり、沙奈は高揚感のようなものを覚える。
「へぇ、あの真梨が苦しんでいるんだ。真梨、どんな顔で苦しむのかな……」
この時、彼女は疾うに真梨への破壊願望を抱き始めていた。さりとて、この当時の破壊願望はまだ一過性のものだった。それから数日もしないうちに、沙奈の想いは変わっていく。
「なんか、真梨って大したことないんだね」
「中学に入ってから、あの子は凡庸になってしまった」
「あの子に期待できることは、何もないかな」
そんなことを考え始めた彼女は、完全に冷めきっていた。彼女が真梨を好きだった理由は、彼女がその特殊性を高く買っていたからだ。ところがこの時点の真梨に関しては、ただ一方的に迫害を受けているだけだ。言うならば、沙奈は愛想を尽かしたのである。その反面、彼女には諦めきれない部分もあった。二人は音信不通になっていったが、沙奈はSNSで光命中学の校風を確認することをやめられなかったのだ。時は流れ、光命中学の家庭科室での事故が話題となった。無論、これは実際には「事故」ではなく、真梨が仕組んだ歴とした「事件」だ。沙奈がそれに気づいたのは、事件から数日後のことだった。あの事件を境に、光命中学の生徒たちは一斉に真梨を恐れるようになっていた。
「あれ本当に事故だったのかな?」
「アイツに逆らったら終わりだよ」
「アイツと同じクラスにいるだけで、生きた心地がしない」
彼らは誰一人として、直接的に名指しすることはしなかった。されど、今まで真梨を悪く言っていた者たちは皆、あの日を境にそれを辞めているのだ。沙奈の中で、全てが繋がった。思わず、彼女は頬を綻ばせる。
「そっか。ワタシの知っている真梨は、まだ生きていたんだ」
そう思った沙奈は、小学校の卒業アルバムを手に取った。そこに載っている真梨の写真を眺め、彼女は舌なめずりをする。彼女の中で湧き上がっているのは、熱い業火のような高揚感であった。
「やはり真梨は良い。ワタシが真梨を壊したい」
沙奈は歪んだ欲望を口にした。同時に、彼女は決意する。あの少女と同じ高校に行き、そして芸術的な破壊をもたらすことを。今の沙奈は自分の通う中学にすら溶け込めていない有り様だが、それでも準備をしている。
「先ずは、今周りにいるどうでもいい人間で色々試そう」
「今のうちに人の壊し方を学んでいかないとね」
「最終的に真梨を壊すことができれば、ワタシの人生は完成するんだ」
それは野心でもあり、執念でもあった。