孤立ゲーム
それから小学校を卒業するまでの間、真梨と沙奈は露悪的な青春を謳歌していった。彼女たちが熱中した「孤立ゲーム」は、とりわけ悪趣味なものである。このゲームを考案したのは、沙奈だ。
「ねぇ、真梨。女子とつるんでいる男子って、他の男子の輪からはじき出されがちだよね?」
「そうだね。男子の中では、女子とつるむことが恥ずかしいとされているのかもね」
「そこで考えたんだけど、引きはがせそうな男子と積極的に距離を詰めて、そいつが他の男子からハブられたら見放すっていうゲームはどうかな? つまり人を孤立させるゲーム――孤立ゲームって感じで」
そんな提案をした彼女は、楽しそうに笑っていた。小学生の頃から、この少女はすでに「他者を壊したい」という願望を抱いていたようだ。一方で、真梨も他の生徒たちに思い入れなどない。
「いいね、それ。友情とか、正義とか、皆がそんな曖昧なものを無条件に信じているのはウザいと思ってたんだ。それを壊してしまえば、私たちが正しいって証明できるわけだね」
「真梨ならそう言ってくれると思っていたよ。それに、これはワタシにとっては、大人たちに一矢を報いる手段でもあるんだよね」
「男子が孤立したら、大人に何か影響があるの?」
そう訊ねた彼女は、怪訝な顔をしていた。今から自分たちが標的にする相手は、あくまでも児童である。一見、それが大人に対する一矢になるとは考えにくいだろう。そこで沙奈はこう語る。
「正しくない大人がたくさんいるのに、大人は自分が大人であることに甘んじて、子供に正しさを説こうとする。大人が言うから正しいと、衣食住を提供しているから正しいと、大人は都合が悪ければ自分が大人であることを盾にする」
「だけど、大人が言葉で語る正しさを、ワタシたちは現実をもってして叩き潰すの。ワタシたちが正しさの脆さを実証して、皆に現実を教えてあげるんだ」
「つらいのは皆一緒だとか、苦しいのは皆一緒だとか、そんな言葉でワタシは何度もあしらわれてきた。だからワタシたちが誰かをつらい目に遭わせて、苦しませて、それで同じ言葉を口にすれば、ワタシたちの勝ちなんだよ」
普通の小学生であれば、その言い分を理解することは難しいだろう。さりとて真梨はマヴに選ばれた少女だ。その知能を高く買われているだけのことはあり、真梨は彼女のことをよく理解している。
「そうだね……『皆一緒』って言葉で痛みを正当化していいのなら、誰かに痛みを与えてもいいという意味になるよね」
「話が早くて助かるよ。やっぱり、ワタシたちはマヴだね」
「うん。私たちは、マヴだよ」
当時の真梨には、沙奈の異常性がわからなかった。その思考回路は小学生のものとしてはあまりにも不健康だったが、それは真梨からしてみれば個性を逸脱したものではなかったのだ。
沙奈は続ける。
「ふふっ……他人の不幸って、本当は作ってもいいものなんだよね。どんな親でも、病人でも、貧乏人でも、あるいは度を越えたヒステリーでも、子供を持っていいことになっている。不幸を作ってもいい世界に生まれたなら、作らないと損だよね」
相も変わらず、その思想は歪んでいた。して、真梨はそれを「個人の感性」としか感じ取れないくらいには異常性に鈍かった。
そんな会話を交わしたあの日以来、二人は孤立ゲームに熱中していった。彼女たちの策略により、次々と罪のない男児たちが孤立していった。当然、他の女子は真梨たちの性格の悪さを嫌ったが、もはやそんなことは問題ではなかった。この当時、二人は確かに青春を謳歌していたのだ。それがどんな形であれ、彼女たちにとっては輝かしい思い出に他ならなかった。
――そんな日々が続いた末に、二人は別々の中学校に進学した。