余興
翌日の下校前、ついに決戦の時がきた。
「先生、ワタシの財布が盗まれました」
そう発言したのは、沙奈だった。教室の空気は凍り付き、生徒たちは一斉に彼女の方を見た。さりとて、この盗難は仕組まれたものに過ぎない。して、これは余興なのだ。
「それでは、今から学級会を開きます」
担任教師の一言により、その場にいる全員が教室に残ることとなった。最初に疑いの目を向けられたのは、ただ一人だ。
「真梨、沙奈と仲が悪かったよね?」
「だよね。沙奈は確かに真梨に冷たく当たっていたけど、財布を盗むのはよくないと思うなぁ」
「まだ犯人が決まったわけじゃないけど、真梨が怪しいと思う」
一見、これは真梨にとって不利な状況に見えるだろう。ところが、これは彼女自身が意図した状況である。
彼女の脳内で、堕天使と悪魔が会話を交わす。
「沙奈なら自分の財布を使うと思っていたよ。あの三人を焚きつけるのに、他人の財布を盗むことを提案するのは現実的ではないからね。そして被害者が沙奈であれば、一度は真梨が疑われる。全て計画通りだ」
「疑いの目を向けられたら、不利になるんじゃないの?」
「逆だよ。真梨が一度疑いをかけられて、その疑いを晴らしたとしよう。その時点で、真梨を疑った奴らは皆、罪悪感を覚えるはずなんだ。つまり、仮にその後で真梨を疑わしいと感じたとしても、それを口にしづらいというわけだね」
それが真梨の考えだった。沙奈にフェアプレーを要求していた彼女は、すでにフェアな戦いを想定していなかったのだ。
「沙奈。財布が盗まれたのは、いつ?」
真梨は訊ねた。当然、彼女は真相を知っている。その上で、彼女は何も知らないという体裁を保たなければならない。そして本題に移りたい気持ちは、相手にとっても同じだ。沙奈は一先ず、彼女の茶番に付き合うことを選ぶ。
「今日のことだよ。今カバンを確認したら、財布が無かったんだ」
「それなら、犯人はまだ財布を持っている可能性が高い。先生、全員のスクールバッグと机を確認してください」
「ワタシからもお願いします。先生、確認を」
こうして、クラスの全員がスクールバッグや机の中身を全て公開することとなった。いじめの主犯は怖気づいていたが、それに気づいた沙奈はウインクをした。沙奈を信頼している主犯は息を呑み、長財布を取りだす。
「あの財布です、先生」
こうして、盗難の犯人は暴かれた。この瞬間、学級会は真梨にとって有利な方向に傾く。
「疑ってごめんね、真梨」
「真梨は何もしてなかったんだね」
「でも、どうしてアイツが財布を……」
これで生徒たちは、彼女に疑いを向けにくくなった。このまま流れが変わらなければ、真梨が勝利することとなるだろう。しかし、ここで諦める沙奈ではない。
沙奈は席から立ち上がり、教室を歩き回りながら語り始める。
「……ここまでは余興。この学級会の本当の目的は、ある生徒を救うのに必要な土俵を確立すること。あの財布、実はワタシが貸しておいたものなんだよね。真相を紐解く前に、先ずは現状わかっていることを整理しないとね」
その場を包み込んだのは、不穏な空気だった。彼女は主犯の横に立ち、財布を受け取る。それから彼女は、こう囁くのだ。
「マヴのワタシを信じて、全てを話して。大丈夫、上手くいくから」
ほんの一瞬、主犯は耳を疑った。ここで全てを話すということは、自らの罪を公にしなければならないということだ。
「で、でも……」
「これから起こることの責任は、ワタシが取る。アナタはただ、真実を話せばいい」
「わ、わかった……」
主犯はすでに、沙奈に忠誠を誓っている。そんな彼女が指示に背くはずもない。
「アタシたちは同級生をいじめてた。その証拠を何者かに録音されてから、アタシたちの人生は狂い始めたんだ」
その口から、真実が告げられた。