裏打ち
そして今――放課後の空き教室には、かつてない緊張感がほとばしっている。互いを見つめ合い、闘志を燃やしているのは、真梨と沙奈の二人だ。双方ともに、このまま引き下がるわけにはいかない。
「私に人を壊す趣味はない。私にとっての破壊は、手段であって目的ではない。沙奈……私に貴方を壊す趣味はないけれど、それが必要なことであれば私は手段を択ばない」
「それでこそワタシの推しだよ、真梨。アナタを壊すことでしか、ワタシの人生は完成されない。アナタは美しい――ゆえに失われなければならないんだよ。存在の真価は、それが失われた時に発揮される」
「貴方の悪趣味な美学は聞き飽きた。次は、貴方の無様な遠吠えを聞かせて欲しいね」
最大の宿敵を前にしてもなお、真梨は強気だった。そして当の宿敵もまた、余裕綽々とした笑みを浮かべている。ついに、この二人が本格的にぶつかり合う場面が整いつつあるのだ。さりとて真梨が相手を倒すには、周囲の人間を味方につける必要がある。して、それは沙奈にとっても同様だ。
そこで沙奈は提案する。
「決戦の舞台は、学級会が相応しいかもね。貴方、いじめっ子を操ってきたんでしょ? いっそ連中に騒ぎを起こさせて、他のクラスメイトにはギャラリーになってもらわない?」
「……奴らを操ってきたのはお互い様だよ。貴方にも連中を焚きつけてもらわないと、フェアじゃない」
「ふふっ……よく言うよ。アナタはフェアプレーを語れる立場にいないと思うけど、それもまた一興。どちらがより他者を操れるか、決着をつけようか」
こうして決着の方法が決まった。それから二人は教室を去り、各々の道を行く。真梨は匿名メッセンジャーアプリで、いじめっ子たちに指示を下す。
「誰の財布でも構わないので、同級生の財布を盗んでください。学校側は法的トラブルを回避したいはずなので、表沙汰にはならないでしょう」
この命令に背けば、彼女たちは未来を――人生を破壊される。それは言うまでもないことだろう。一方で、沙奈は寂れた公園に赴いていた。そこで彼女が待つのは、杏里や千郷をいじめていたあの三人組だ。
やがて日は沈み、例の三人が公園に現れる。
「沙奈……ちょうどよかった。アタシたち、今大変なことになってるんだ」
「MOMOZONO_500から、財布を盗むように指示されたんだ。わたしたち、どんどんヤバいことをさせられてる気がする」
「ねえ、沙奈。ウチら、もう終わりなのかな……?」
最悪の事態を想定した彼女たちは皆、青ざめた表情だった。そんな三人にとって、沙奈という存在は闇夜を照らす一筋の光に等しかった。
「大丈夫。ワタシたちはマヴでしょ? ワタシは、アナタたちのことを見捨てたりはしないよ」
「沙奈……」
「今まで、一人の人間に人生を握られて、手を汚すように強いられて、大変な想いをしてきたようだね。だけど、もう心配しなくていい」
何やら、沙奈には考えがあるようだ。彼女は自分のスクールバッグの中を漁り、長財布を取り出した。目の前の三人が困惑していることに構わず、彼女は言う。
「一度、ワタシの財布を盗んだことにすればいい。それがアナタたちの身の安全を守るのなら、ワタシは全てを許す。ワタシたちは、マヴだから」
それは三人からすれば、この上ない助け船であった。
「ありがとう、沙奈!」
「やっぱ、わたしたちってマヴだよね!」
「財布、必ず返すからね!」
一先ず財布を受け取ることになったのは、主犯の少女だ。もっとも、沙奈は無条件で彼女たちを助けたわけではない。
「その代わり、こんな事態が続かないように、少しだけ学級会に付き合ってもらうよ。ワタシが財布を盗まれたことを告発して、それから黒幕を暴く。これは、アナタたちのためでもある」
それが彼女の提示した条件であった。




