無関心
ある日、クラスで学級会が開かれた。この時の問題に関しては、真梨は一切関与していなかった。この教室で何があったのかを告げるのは、担任教師だ。
「よく聞けお前ら。梶山の財布が盗まれた。これは決して許されることじゃない。歴とした犯罪だ」
ただならぬ話を前に、生徒たちは息を呑んだ。そんな中で、真梨一人だけが涼しい顔をしていた。それがどんな内容であれ、他人事はあくまでも他人事――それが彼女の考えだったからだ。一方で、その同級生たちは必死に犯人を探し始める。
「篠井とか怪しくない? アイツ、梶山のこといじめてたじゃん」
「そういうお前だって、梶山に罰ゲームで嘘の告白してただろ!」
「皆落ち着いて! 冷静にならなきゃ、犯人なんてわからないよ!」
四方八方から、困惑の入り混じった叫び声が飛び交った。その傍ら、真梨は頬杖をつき、深いため息をつく。当然、その態度は同級生の反感を買うものである。
「ねえ、さっきから思ってたんだけどさ! 真梨、その態度はなんなの?」
「そうだよ! 財布が盗まれたんだよ! 大変なことじゃん!」
「これはちゃんとした話し合いだよ!」
彼女たちが憤ったのも無理はない。いくら他人事であっても、この空気感の中で無関心を貫くことは決して相応しくはないだろう。さりとて、真梨にも自分なりの考えはある。彼女は呆れ果てたように眉をしかめ、こう言い放つ。
「騒ぎにならないと抱けないような正義感なんて、その場のノリと何が違うの?」
その一言は、更に周囲を怒らせる。
「こんなヤバいことが起きて、それで皆は怒ってるのに、その場のノリで片付けるの?」
「信じられない! 本当にアンタって性格悪いよね!」
「冷めた自分のことをカッコイイとでも思ってるの?」
同級生たちは口々に、彼女に対する不満を口にした。無論、真梨はここで言いくるめられるような女ではない。
「貴方たちは今まで梶山を馬鹿にしてきて、そうでない人は我関せずだった。皆、普段は梶山が苦しんでいることに構わず、無自覚に安全圏を選び続けてきた」
「何が言いたいの?」
「騒ぎになった時だけ正義を主張するなんて、自分の潔白を示したい人間の自己陶酔にしか見えないんだよ。雰囲気に流されてヒロイックな気持ちになっても、今日のことだって明日からはどうでもよくなるんじゃないの?」
それが彼女の言い分だった。して、その意見に真っ向から反論できる者は、誰一人としてその場にいなかった。同級生たちはただ、怒号を上げるばかりである。
「アンタ、なんなんだよ! 偉そうなことを言って、面倒くさがってる自分を正当化したいだけじゃん!」
「それでなんでウチらが責められないといけないの?」
「だから嫌われるんだよ、お前は!」
この烏合の衆に、もはや話し合えるだけの理性はなかった。一方、素で己の異常性を理解していない真梨は、依然として理性的な佇まいをしている。
「普段は他人のことなんか見向きもしないのに、どうして学級会になると他人の話に熱くなるの? 目立つ場所でだけ善人を演じたいの?」
その言葉は、怒れる生徒たちに対するとどめとなった。
「真梨!」
「言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「もしかして、アンタが盗んだんじゃないの?」
学級会は混沌を極めた。そんな中で真梨を庇う者は、ただ一人だけである。
「やめてよ、皆!」
――千郷だ。
「あーし、真梨の言ってること、間違ってないと思う。扇情的な場面でしか発揮されない正義感なんて、何も正しくないよ」
彼女はそう続けた。無論、それで周りが納得するはずもない。結局、あれから生徒たちの怒号が止むことはなかった。その上、真梨は最後まで、彼らの憤る理由を理解できなかった。そしてこの出来事もまた、彼女を更に孤立させる一因となったのだった。




