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中学時代

 中学時代、真梨は孤立していた。他者の気持ちを理解できない彼女は、相手に求められていない受け答えをすることが多々あった。


 同級生たちが会話を弾ませる。

「見て、見て。うちで飼ってる子。手に乗るようになったよ」

「レオパ? 可愛いじゃん。よく懐いてるね」

「そうなんだよ。真梨も見てよ。ウチとこの子は相思相愛なんだよ!」

 話は真梨にも振られた。真梨は呆れたような表情で頬杖をつき、こう語る。

「爬虫類は大脳新皮質あるいはニドパリウム帯がないから、飼い主に愛着を持たない。大脳新皮質は哺乳類にしか備わっていないし、ニドパリウム帯は鳥類にしか備わっていないんだよ」

 それは間違っても、相手が求めていた答えではなかった。当然、彼女は同級生たちの反感を買う。

「は? 何言ってんの?」

「見ればわかるでしょ。どう見てもウチに懐いてるじゃん」

「そうだよ。愛は理屈じゃないでしょ?」

 日常会話において、科学的な整合性は重視されない。それを理解するには、当時の真梨はあまりにも浮世離れした思考回路をしていた。

「愛について、貴方たちは何を知っているの? 少なくとも、私はハリー・ハーロウの実験を知っている。私は愛を知っているよ」

「そういう、よくわからない理論じゃなくてさぁ!」

「貴方はそのヒョウモントカゲモドキが可愛いから愛着を抱いているんだろうけど、それもベビースキーマという言葉で解明済みの現象だよ。ヒョウモントカゲモドキには一定のネオテニー的傾向も認められているからね」

 彼女の言葉は、相手の胸には響かない。何の悪意もない彼女の知識は、着実に相手の神経を逆撫でしていた。



 真梨が孤立した理由はこれだけではない。

「うちの学校の男子、草食系ばっかじゃない?」

 女子がそんな話で盛り上がっていた時があった。この話題を振られた真梨は、いつもの調子で返答する。

「統計や性差を鑑みるに、自閉傾向は男の方が強いことが示唆されているから何も不自然ではない。超男性脳仮説というものがあって、自閉症を極端な男性脳の特徴と関連づけている学者も珍しくはないからね」

 この時も、女生徒たちは彼女を疎ましく感じた。

「ねぇ、何それ。新手の男性差別?」

「いや、自閉症というのはそもそもスペクトラム状の概念で、誰もが多かれ少なかれその傾向を持っていて、より男性的な脳であればその色が強くなるというだけの話だけど……」

「どっちにしてもさぁ、アタシたちがしたいのはそういう話じゃないんだよね」

 案の定、周囲は真梨を受け入れはしなかった。



 それからも、真梨は度々煙たがられた。流行りの楽曲の話題に対し、「あえてサビで適度な連続五度を挟むことで、既成概念に背いて印象的な旋律を使っているのが良いと思う」などと回答することもあり、彼女は次第に孤立していった。そんな彼女に興味を持った者が、一人だけいる。


「真梨って凄いね! なんでも知ってるじゃん!」


――それが、真梨と千郷の出会いであった。


 それから二人は、よく話す仲になった。中学で孤立していた真梨にとって、千郷は当時の唯一の理解者であったと言っても過言ではない。当然、真梨に優しくしていた千郷自身も、周囲から白い目を向けられるようにはなっていった。それでも、二人は確かに絆を深めていったのだ。

「周りのことなんか気にしなくていいよ。あーしは、真梨って凄いと思うけどな」

「あんな奴らと話すより、真梨と話す方がずっと楽しいよ」

「真梨って休日とかは何してるの? 真梨の話、もっとたくさん聞きたいな!」

 千郷の発した言葉の一つ一つが、真梨の心を癒していく。つい最近まで科学で愛を語っていた少女も、この時に至ってはその「愛」に溺れ始めていた。


 真梨は確信した――目の前の少女こそ、己の運命の相手であると。

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