家庭崩壊
あれから人々は暴徒と化し、クリエイトピアを批判し始めた。真梨という黒幕の存在など知る由もなく、彼らは無自覚に企業の名誉を毀損していく。当然、サジェスト汚染という手法も広まっている今、彼らがそれを使わないはずもない。気づけば、検索欄に「バーサーク・バース」と打ち込んだ時のサジェストには、「ステマ」「クソゲー」「やばい」などの単語が現れるようになっていた。
当然、この事件は沙奈の耳にも入っている。
「ふふっ……真梨、結構焦ってるみたいだね」
今はまだ、彼女は手を下さない。推しを泳がせておくことは、彼女にとって大いに意味がある。
「罪は育てておいた方が、裏目に出た時に大事に至る。全ての本性を一度に暴かれた時、真梨は壊れるはず」
そんなことを考えた沙奈は、恍惚とした表情でスマートフォンを仕舞った。
一方、クリエイトピアの支社では、案の定ステルスマーケティングが問題になっていた。会社としては、不祥事の責任を背負いたくはない。ここでスケープゴートを用意しなければ、企業の存続にかかわる事態だ。当然、その濡れ衣を着せられるのはバーサーク・バースのPRを担当していた者――萩原である。
「ち、違います! 私は断じて、そんなことはしていません! 信じてください!」
萩原は必死に自らの無罪を主張した。事実として、これは冤罪だ。さりとて、周囲にはそれを知る手段がない。また、萩原にも己の潔白を証明できる手段がないのだ。
「君以外、誰がいるのだね? バーサーク・バースのPRがなかなか効果を持たなくて、君は焦っていたはずだ」
そう突きつけた上司は、冷たい眼差しをしていた。
「私には家族がいるんです。私が無実の罪を着せられたら、娘が学校でどんな思いをするか……」
「だが、無実の罪であるという証拠はない。こちらとしても大事には至ってほしくないものでね。悪いが、君を左遷する」
「そ、そんな……」
結局、萩原は今回の件の責任として、左遷されることとなった。
その日の晩、千郷の家庭はただならぬ空気に包まれた。千郷は薄暗い廊下に座り込み、リビングから差し込むか弱い光に照らされている。しかしその場は静寂を保ってはおらず、男女の怒号が響き渡っている。
「千郷が大変な時期なのに! どうしてあなたはそんなことをしたの!」
「違うって言ってるだろ! 俺はステマなんかしてない! 何度言えばわかるんだ!」
「嘘よ! あなたがそんな男だから、千郷の成績も悪くなってるのよ!」
それは両者の間の娘である千郷からすれば、聞くに堪えない言い争いだった。無論、この夫婦は真梨のことを何も知らない。して、彼らが真相に辿り着くことはないだろう。つまるところ、この口論は平行線を辿るしかないのだ。
「誰がお前と千郷を食わせてきたと思ってるんだ! 俺の苦労も知らないで!」
「あなただけが苦しんでるわけじゃないでしょ! わたしだって、家事に追われて、千郷の将来のことも考えて、挙句の果てにあなたが左遷されたのよ!」
「もういい、酒でも買ってくる! やってられるか!」
堪忍袋の緒が切れた父親は、テーブルを強く叩きながら立ち上がった。彼が去ったリビングでは、母親が泣いている。この時、千郷もまた大粒の涙を流していた。
「学校に行けば、いじめられる。家でも、お母さんとお父さんが言い争ってる。あーし、どこにも居場所がないのかな」
そんな物思いに耽った彼女は、やり場のない孤独感を覚えていた。そんな彼女がすがれる唯一の相手も、今や真梨一人だけだ。
「真梨に……会いたい……」
そう呟いた千郷は荷物をまとめ、自宅を去った。そこに打算的な将来設計や目的などない。その理性を情緒にかき乱されている千郷は、逃げるように真梨の家へと向かった。