水増し
それはある夜のことだった。デスクトップパソコンの前に腰を下ろす真梨は、いつものようにノーログポリシーのVPNと匿名ブラウザを使っていた。彼女がアクセスしたのは、大手SNSサイトである。いくつものシークレットタブを開き、彼女は複数のアカウントを作る。
彼女の脳内で、悪魔は問う。
「こんなにたくさんアカウントを作って、どうするつもりなの?」
その質問に答えるのは、もちろん堕天使だ。
「これからフォロワー数を稼いでいく。詳しい話は後でするけど、最もフォロワー数を水増しするにはどうすればいいかわかるかな?」
「どうすればいいの?」
「最もアカウントをフォローしてくれるのは、業者やスパムだよ。だけど全部のアカウントを運用するのは面倒だから、外部アプリでアカウントを連携しておくよ」
今回の作戦において、フォロワーの質は重要ではないらしい。あくまでも、要となるのはフォロワー数なのだ。
さっそく、真梨はアカウントを外部アプリと連携した。これでアカウント群は、アプリを介して同時投稿が行えるようになった。そこで彼女が投稿するのは、以下のような内容である。
「FIREしたいけどお金がない……」
「FXで稼げれば、フリーランスで生きていけるかな?」
「最近、嫌なことが続いているし、占ってもらおうかな」
これらの投稿は、いずれも業者が探し求めるような内容であった。
怪訝な顔をする悪魔に対し、堕天使は説明する。
「言うならば、今の真梨は情報商材のカモを演じているんだよ。ただそれだけのことで、業者は真梨のアカウントをフォローしてくれるからね」
本来、業者は情報リテラシーの低い層を騙す者だ。その業者たちでさえ、真正のマキャヴェリズムを極めた真梨からすれば道具にすぎない。
彼女の心が囁く。
「情報リテラシーの低い人物を演じれば、そこに悪意ある者が寄ってたかる。そして連中には、偽りの標的を追うことに不利益などない。だからフォロワー数を水増しできる」
利用できるものは全て利用する。目的を達成するためであれば手段は問わない。それが御巫真梨という女だ。しかし、彼女一人でSNSでの影響力を手に入れるのには限界がある。そこで彼女は、他の人物の助けも借りる必要がある。
プライベートXを開いた真梨は、またしてもあの三人組にシークレットチャットを送信する。
「今から、フォロワー数千人以上のアカウントを各自十個ずつ作ってください。外部アプリのバード・デックを使えば、アカウント群を一斉に管理でき、同じ内容を投稿できます」
「フォロワー数を増やす方法ですが、こちらが推奨するのは、情報商材に騙されそうな人物を演じることです。様々な業者がアカウントをフォローしてくると思います。主にFIRE、FX、オカルトなどに興味を持っているような内容であるといいでしょう」
「また、その手の業者を見つけ次第、絶対にフォローするようにしてください。後日、あなたたちがフォロワー数を稼いだアカウントは、こちらが譲り受けます」
事情さえ知らなければ、それは今までの指示の中では最も良心的に見える。真梨に人生を握られている三人が、この仕事を引き受けないはずもない。
――これで準備は整った。
それから何日もの間、真梨は定期的に「情報商材のカモ」のような書き込みを繰り返していった。同時に、彼女が様々な業者をフォローしていったこともあり、アカウント群を取り巻く包囲網も構築されつつある。当然、それに伴ってフォロワー数も水増しされつつある。そうして何千人もの業者をフォロワーとして取り込んだ彼女は、ふと呟く。
「そろそろ……次のフェーズに移ってもよさそうだね」
その一挙手一投足に狂いはない。彼女は計画通りに事を進めている。