企業戦士
クリエイトピアは様々なホビーを開発する中小企業だ。その支社に務める男が、デスクトップパソコンのモニターと睨み合っている。彼は思考を巡らせている様子だ。
「俺がPR担当か。どうやって売り出せば……」
そう呟いた彼は、深いため息をついた。彼がPRを担当しているのは、クリエイトピアが開発したトレーディングゲーム「バーサーク・バース」である。なお、その製品は社運を賭けられた代物だ。下手を打てば、大きな損害を生むことになるだろう。
別の男が現れ、デスクの脇に缶コーヒーを置く。
「あまり思い詰めるなよ、萩原。時には周りを頼るのも悪くはない」
この社員は、PRを担当している萩原の上司にあたる男だ。上司の差し入れを前にしても、萩原は依然として弱気である。
「ありがとうございます。しかし、何を発信するかより、何を発信してはいけないのかで迷っているんです。SNSの運用は、一歩間違えたら大惨事になりますから」
「……確かにそうだな。企業の名の下でネットを使うなら、気をつけなければならないことは色々ある。だが、とりあえずなんでもいいから原文を考えてみるといい。俺が後でチェックするから」
「は、はい……ありがとうございます」
昨今では、SNSを運用している企業など珍しくはない。さりとて、そこに一定のリスクがあることは確かだ。萩原は缶のプルタブを引き、コーヒーに口をつけた。
しばらくして、休憩時間を告げるチャイムが鳴った。食堂に並ぶ萩原は、スマートフォンのロック画面に設定されている千郷の写真を眺めている。そんな彼に声をかけるのは、女性社員だ。
「お子さん? 可愛いね」
愛娘を褒められた萩原は、渇いた愛想笑いを浮かべる。
「ああ、千郷は俺の自慢の娘だよ。俺にはもったいないくらい、誠実で思いやりのあるいい子なんだ」
「千郷ちゃんっていうんだ。高校生くらいかな? 家庭も職場も忙しい時期になっちゃうね」
「大丈夫、大丈夫。少なくとも、家での千郷は手のかからない娘だよ」
少なからず、彼の言葉には何らかの陰りがあった。女性社員は怪訝な顔をしつつ、その真意を問う。
「萩原さん、疲れてませんか? やっぱり、バーサーク・バースのPRを重荷に感じているんじゃ……」
「あ、ああ、いや……実は、担任の先生から、ちょくちょく良くない話を聞いていてね。授業態度が悪いとか、生活に難があるとか。うちの千郷に限って、そんなことはないと思いたいが……俺が親だからあの子を盲信しているのかも知れないし……」
「そっか。私からは何も言えないけど、多感な時期の女の子には色々あるのかもね」
無論、担任教師が千郷を批評しているのは、真梨の策略によるものだ。しかし萩原たちは、その真実を知らない。また、彼らには千郷を被害者と断定できる判断材料も揃っていないのだ。家庭を背負い、職場での責任も背負い、萩原は疲弊していた。それでも彼は、一人の父親――そして社員として、戦い続ける宿命にある。
休憩時間が終わり、萩原は席に着く。それから彼は、少しばかり市場をリサーチすることにした。昨今では、TCGの類は概ねアプリなどの電子媒体でプレイされることが増えている。この時代に紙のカードを売り出すことは、少しばかり難航しそうだ。
「何か、ないか。デジタルにはなくて、アナログにはある強みが……」
そう考えた萩原は、拙い言葉でRPを投稿する。
「ネットの友達と通話しながらアプリで対戦するのもいいけど、たまには人と会ってカードバトルをしてみるのも良さそう! 狂戦士を召喚して戦う #バーサーク・バース をよろしくね!」
それから数時間が経過してもなお、SNSでの反応は薄い。結局、企業アカウントは過激なことを書き込めば炎上するが、無難なことを書き込んでも拡散力に欠けるということだ。




